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エウレカ!:日本そして地球世界の超危機の本質:仁・倫・道命美日本・世界・宇宙革命進化へ
テーマ:仁・倫・道命美日本世界宇宙革命進化

D.H.ロレンスの『ヨーロッパ史の大変動』を読んでいるが、たいへん面白い。というか、精神が激しく刺激される名著である。
 とまれ、ローマ帝国やヨーロッパ初期におけるキリスト教の歴史は実に刺激的である。政治が腐敗し、道徳・希望をもっていたのは、キリスト教だけであったということは、それなりに知っていたつもりであるが、改めて確認して、刺激を受けた。
 そう、キリスト教が勃興した理由は、道徳の問題なのである。
これは正に、今日の日本の問題に当てはまると感じた。キリスト教云々ではなく、道徳の有無の問題である。
 今日、日本の超危機の原因は、道徳・倫理の欠落にあるとはっきりと見えたのである。目から鱗が落ちるように明確に見えたのである。
 私の個人的、社会的周囲の問題も、それであることがわかったのである。悟ったのである。
 日本の政治、経済、司法等の腐敗の原因は道徳心の欠落にあるのである。結局、我欲我執で、倫理を捨て去っているのである。言い換えると、悪魔に魅入られているのである。
 そう、日本社会全体において、道徳・倫理・人道の欠落・欠如・欠損が見られると思う。
 悪魔が取り憑いているのである。そう、私自身の悩みも理由がわかった。私自身における倫理・道徳・人道の欠落があり、それを悟らせるために、苦悩してきたと思えるのである。エウレカ!である。
 そして、引いて言えば、地球世界の超危機の本質も同じである。これは、悪魔的金融資本主義に拠るのである。経済システムがエゴイズム・悪魔主義なので、必然的に人間も無道徳・無軌道になるのである。無道・無法・無徳の世界である。
 エゴイズム資本経済から、共同体資本経済へと進化する必要がある。
 そのためには、先ず、物質主義科学・哲学を乗り越える必要がある。そのために、不連続的陰陽論は役に立つのである。
 これまで、陽=自我としてきたが、実はこれは近似値的である。本当は、自我は超陽である。超陽としての自我があり、それが、陰である他者を排除するのである。超陽とは悪魔(アーリマン)である。
 ポスト唯物論であり、陰陽論のルネサンスが必要である。それもプラトン哲学と結びついた陰陽論であり、また、不連続的差異論をベースにした陰陽論である。つまり、

不連続的陰陽イデア論=不連続的差異論+陰陽論+プラトン哲学
 
である。
 この認識革命をともなって、経済革命も為されなくてはならない。簡単に言えば、陰陽論経済というものが考えられるのである。それは、共同体資本経済である。自然の枠組みにおける資本と労働の共振経済である。
 今はざっと指摘するに留める。

追記:現代日本人の表情や姿が空ろであったり、醜いのは、道徳心が抜けているからである。仁美、倫美、道美が欠落しているのである。
 集団主義が個の自立を阻害しているのである。自我はあるが、個がないのである。
 私が今、感じていることを一言言えば、果たして、近代において、どれほど、日本における独創的な文化があるのか。
 愚痴になるので、これ以上言わない。
 結局、どうして、日本人は倫理・道徳を喪失したのか。これは私自身を含めて問うことである。
 思い浮かぶのは、科学・技術と結びついた資本主義の物質主義に染まってしまい、自我中心主義になって、仁美を喪失したと思うのである。道徳・倫理は躓きの石である。私は大いに躓いた。誰が躓かないだろうか。
 そう、倫理・道徳において、イエス・キリストは生きているのである。キリスト教は仁美・倫美・道美教である。

追記2:仁美、倫美、道美もいいが、仁命、倫命、道命の方が的確だろう。あるいは、仁命美、倫命美、道命美である。

追記3:自我は超陽であると言ったが、視覚主義、視覚中心主義も一種、超陽であろう。あるいは、自我よりも、強く超陽かもしれない。これについて少し考察してみよう。
 視覚はほとんど自我と結びついていると言っていいだろう。光の問題で あり、光は陽が陰に自己反射したものであり、それは、同一性の枠をもっているのである。つまり、陰自体は知覚できないのである。そして、自我は超陽である から、陽の光を誇張する傾向にあると思われる。つまり、反射鏡である陰を離脱して、陽の光を独り歩きさせてしまう傾向が出てくると思われるのである。言い 換えると、根源の陰陽共振を阻害して、超陽としての光の帝国が生じるように思えるのである。
 そう、正に、光の帝国主義である。陰である他者が排除され、道徳・倫理が喪失されるのである。
 自我=超陽の光の支配に拠る、根源・本質を喪失した、無道・無軌道・無徳の世界の出現である。端的に、人間は悪魔(アーリマン)化するのである。
 とまれ、視覚主義の悪魔主義を矯正するには、やはり、陰=肚への回帰が必須である。
 陰陽イデア体(頭・胸・肚の三位一体)としての主体を形成する必要があるのである。
 

参考:

D. H. ロレンスの『欧州史における動き』のエピローグは現代日本人へ ...

http://d.hatena.ne.jp/antares/20110926

2011年9月26日 ... 以下、Google BooksからD. H. ロレンスの学校テキスト用の欧州の歴史の一部を読む
ことができる。実に洞察力に満ちた、 ... D.H.ロレンスのヨーロッパ史のうねり D.H.
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