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視覚の問題:物質的視覚と氣的視覚:表情にある氣=精神の様態


視覚の問題:物質的視覚と氣的視覚:表情にある氣=精神の様態


テーマ:唯物科学から物質包摂の氣サイエンスへ
 
ポスト唯物論の認識革命のための、基礎的考察である。もっとも、この問題は長い間検討してきているが、今一つ決定打がないようだ。
 有り体に言えば、氣的視覚というものがあると私は考えているのであり、それは、通常の視覚とは異なるということである
 シュタイナーなら、霊的視覚(霊視)に一気に到達するのであろうが、私はそこまでは言わない。
 具体的に言いたい。例えば、顔の表情であるが、これは、明らかに、その人の心の状態が顔の皮膚に現われるということであり、心、精神が物質に出現するということである。
 私は心、精神を氣ないし氣的に見ているので、氣が顔に発現したと見るのである。
 つまり、表情において、人は、いわば、氣を見ていることになるのである。
 そう、氣の様態(心持ち)が顔の様子を形成するということである。
 正確に言えば、表情において、氣自体を見るというのではなく、氣の力が形成する現象を見るということである。言い換えると氣の現象力の表層を見るということである。
 氣本体ではなく、氣のいわば末端を見るということになる。
 しかしながら、一般には表情を氣の末端とは見ていない。単に、感情表現と見るに過ぎないのである。
 とまれ、人には、なんらかの精神・心(性格、気質、人格を含む)があり、それは氣的であると私は見ているのである。
 つまり、氣の精神・心があるのであり、それは、氣的感覚をもっている。しかしながら、一般には、末端の表情だけを捉えて、本体の氣的精神・心(氣精神、氣霊、氣魂)を捉えられないようである。
 この氣精神(氣霊、氣魂)であるが、これは、これまで述べてきた陰陽調和心と言っていいと考えられる。
 今日一般には(昔の日本人は、氣精神をもっていたが)、氣精神が自我によって抑圧されていて、感覚できなくなっていると思われる。
 とまれ、氣精神を涵養すると、というか、氣精神を大事にして、培育(造語:培うと育てる:そう、氣育、氣養と言えよう)すると、自然現象、あるいは、現象一般における氣の存在が感受されると思われるのである。いわば、感氣、観氣ができるようになると思われるのである。
 そこで、本題の視覚の問題に触れると、氣精神を涵養させると、視覚にもその影響が及ぶと考えられる。そうすると、通常の物質現象的視覚に氣的視覚が入ることになる。
 つまり、物質内包的氣的視覚が形成されると思われるのである。氣本体の世界(氣界、氣霊界、氣魂界)があり、その現われとしての現象界があるように視覚・直観されると思われるのである。
 ということで、氣的視覚とはありうるのであり、氣育、氣養が重要であると言える。何故なら、ここには、真善美のイデア(一の氣)に通じると考えられるからである。真理、道徳、精神美の三位一体に通じると考えられる。
 最後に一言、以前、超越光(超光)というものがある、ないし、見えると私は述べてきたが、今や、それを明快に解明できるのである。
 即ち、私は陽光を介して、超越光(超光)が視観できると何度も述べてきた。(思えば、最近、それを感じなくなってはいるが、それはおいておく。)
 上述から、氣精神(氣精身)の氣視覚によって、陽光、日光、太陽光の氣的本体を視覚するのであり、陽光の氣的本体が超越光(超光)であると言える。
 日光の氣は超越光(超光)として、氣視覚、氣直観されるということである。

参照: http://search.ameba.jp/search.html?q=%E8%B6%85%E8%B6%8A%E5%85%89&aid=neomanichaeism




 

セクシュアリティと性欲は異なる:陰陽調和の植物的性と男性中心的性欲


テーマ:セックス問題:太陰的女性性とジェンダー

今は一言。
 私はセクシーさが根本的、本質的に重要だと考えている。
しかし、それは、性欲自体とは異なるものである。
 そう、セクシュアリティ、本来のセクシュアリティとは、実は、陰陽調和心において発生する精神、精身体だと思う。
 男性は、陰陽調和心において、陽的、雄蕊的であり、女性は、それにおいて、陰的、雌蕊的である。
 つまり、植物的な性磁力(陰陽牽引力を仮に、磁性に喩える)が本来のセクシュアリティである。
 それに対して、性欲とは、男性に拠る女性支配的な(父権的な)、動物的欲望(獣欲)である。
 因みに、D.H.ロレンスの表現した性愛は、実は、この本来のセクシュアリティ、陰陽調和の植物的性磁力を、身体的に表現したものと考えられる。
 植物的陰陽調和のセクシュアリティにおいて、思うに、女性が主軸(雌蕊)になり、男性(雄蕊)は補完的になるように思う。もっとも、陰陽調和であるから、女性と男性は対極的関係にある。
 今はここで留める。
 
| sophiology | 00:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
陰陽球という祖宇宙とその球面上の実宇宙:1. 太極霊⇒2. 陽=日光/陰陽⇒3. 電磁波

 

JUGEMテーマ:学問・学校

 

テーマ:太陰氣学:太陰イデア論:氣=イデア=生命

じっくり時間がとれるときに検討したい。
 以前は、陰陽円をベースにして、そこから、三次元宇宙ないし四次元時空間が発生すると述べた。ただし、陰陽円は超越界にあり、三次元空間とは別に存しているということになる。
 思うに、その陰陽円を現段階の陰陽円、陰陽球ととれば、より大きな視野が生まれるだろう。
 そう、以前は陰陽両極性で考えていたのである。それが陰陽円を形成し、それから、現象化すると考えたのである。
 しかし、今では、太陰点をもっていて、そこが原点であり、そこから、陽の円周、球面ができると考えているのである。
 そう、陰陽円という名称は同じでも、根本的に視点が異なるのである。
 とまれ、以上のように新たに整理できるように思われるのである。
 太陰点という原点があり、陰陽球があり、それが祖宇宙(祖宇宙球)であり、その球面がいわば、光の球面(光の境界面)であり、そこから、現象宇宙が生起するように思えるのである。
 今日、言われる、ダークマター、ダークエネルギーは、祖宇宙に存すると思う。これは、確かに、光を超えた次元、そう、超越次元にあるのであり、今日の科学では解明できないと言えよう。
 太陰氣行学(簡単に、太陰行学)から言えば、祖宇宙は氣の宇宙であり、さらに原点は太陰霊と考えるのである。
 どうも今の直観では、陰陽球の球面であるが、表面が陽で、裏面が陰ではないかと思ったのである。そして、それが、磁気的ではないかと思うのである。
 というか、電磁界ができるのかもしれない。
 しかし、根本は氣である。氣が電磁界を成形すると思われるのである。氣がN極、S極を作るように思われるのである。
 否、やはり、球面は陽と陰の極性で見るべきであり、磁力、電磁力で見るべきではない。
 陰陽極性から磁力、電気力、電磁気力が生まれると見るべきなのである。
 しかし、そうすると、所期の考えとは異なることになる。
 私のイメージは、陽がプラスと実体化し、それに対にマイナスを形成されるというものである。
 作用、反作用に近い。
 そうすると、陽=日光から、プラスとマイナス、ないし、NとSの物質極性が形成されると見なくてはならないだろう。
 しかし、日光だから、物質的には電磁波である。この点を見ないといけない。
 やはり、元に返って考えるべきだろう。思うに、球面と球面の皮膜を考えたらどうだろうか。
 球面は陽=日光であるが、皮膜が物質、例えば、電磁波である。
 では、球面と皮膜の関係はどうなのか。ここで、初期PS理論が使用できるなら、凸i*凹i⇒+1で、この+1が皮膜になるだろう。陽は凸iであり、それと対になるのが、陰の凹iである。
 そう、陰の凹iと太陰は区別されるのである。
 陰と太陰が区別されるならば、初期PS理論は使用できるのである。
 ということで、初期PS理論を復活させれば、説明できるのである。
 すると、図式化すると、

太陰(太陰霊)⇒陽(日光)/陰陽⇒電磁波

となる。
 しかし、思うに、太陰ではなくて、無双原理の元の太極とすべきなのかもしれない。
 ならば、


太極(太極霊)⇒陽(日光)/陰陽⇒電磁波

となる。
 今はここで留める。

追記:以上のように、三段階で考えると、以前、ガウス平面に直交させた超越軸の考え方が生きてくるだろう。
超越軸ではないにしろ、ガウス平面を超越した次元である。
超越次元は、太極霊の次元であり、それから、陰陽極性次元(虚軸次元=氣次元)が生まれ、そして、電磁波、物質次元が生まれるのである。
便宜的に、超越軸を仮説することはできるだろう。
| sophiology | 03:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
太陰と「水の主」ノンモ:宇宙の根源は《水》(太陰:母権・女)で、《火》(陽:父権・男)は派生物

 

JUGEMテーマ:学問・学校

テーマ:太陰氣学:太陰イデア論:氣=イデア=生命
 
太陰は水的で、陽が火的で、陰陽調和は火水(かみ=神)?:月(水)と日(火)の一体としての前古代 (10/17)
http://sophio.blog19.fc2.com/blog-entry-2016.html

 先に以上のように、直観的に書いたが、たまたまドゴン族の神話に触れたが、それは、シリウスからやってきたノンモは「水の主」と述べている。検索すると、根源を《水》とする神話等がたくさんあるのに気づいた、今更ながらだが。

 太陰氣学において、根源の太陰を《水》とすると、確かに、うまく、母権と繋がる。
 問題は、太陰を陽=氣とは別に考えていることである。私は、玄氣としている。すると、玄氣=《水》 となる。
 つまり、玄氣=《水》が陽(日)を成形し、陰陽球になるのである。これはほぼ太陽的なものである。しかし、根源は太陰=玄氣=《水》となる。
 だから、思うに、太陰=玄氣=《水》には、『情報』があるのである。根源情報があるのである。直観では霊以前である。元霊である。太陰の魂のようなものである。太陰魂である。《水》に刻印された根源情報=魂である。というか、《水》 がもつ智である。
 なにか、水氣とか呼びたい。あるいは、水氣波、水魂である。
 とまれ、《水》から陽=火=エネルギーが生まれるのである。水母である。比喩的に言えば、海から日が産まれるのである。
 後で、さらに深く検討したい。

 

**************************

27-a7.の神 ドゴン族神話 - Dynamic DO!.jp

http://bewithgods.ddo.jp/hope/doc20/27-a7.html
 
27-a7.の神 ドゴン族神話 ドゴン族の神話を検討すると、現代科学では想像も
できない、知的生命体の進化の歴史が浮かび上がってきます。現在の我々の知って
いる生命の進化は、この知的生命体の双子の進化の後に繰り広げられたのでしたす。
それでは、 ...

 

目の星は人類の母――天狼星信仰之謎 - Yahoo!ブログ

http://blogs.yahoo.co.jp/sinagawa50/archive/2005/10?m=l&p=7
 
タイトル 日付
  2005/10/5(水) 午後 0:37
  2005/10/4(火) 午後 9:55
  2005/10/4(火) 午後 4:15
  2005/10/4(火) 午後 3:27
  2005/10/4(火) 午後 3:09
  2005/10/4(火) 午後 2:54
  2005/10/4(火) 午後 0:20
  2005/10/4(火) 午前 10:29
  2005/10/3(月) 午後 8:10
  2005/10/3(月) 午後 6:28
  2005/10/3(月) 午後 5:54
  2005/10/3(月) 午後 1:36
 

Water(

 古代ミーレートスの哲学者たちによれば、水は四大のうちの最初のもの、すなわちギリシア語でアルケーArchê (「万物の母」)と呼ばれるものであった[1] 。水は「霊」を生んだが、霊は一般に男性原理と信じられていた。こういうわけでキリスト教徒が異教徒から取り入れた、洗礼による再生という観念は、水(女性)と霊(男性)の両方を必要としたのであった。洗礼盤は「子宮」 、とくに「マリアの子宮 」と呼ばれたが、マリアという名は古代のすべての「海の女神」の名であった[2] 。たいていの神話は、創造の衝動が最初に生じた場所を、混沌 として「無定形」な、子宮 (生命の源)である海としているが、これは太母(ティアマートカーリー 、 マ・ヌ、テミスなど)を表していた。こういう太母のイメージは実際には、胎児が経験し、生涯にわたって元型的なイメージとして意識下に記憶され続ける自他 の区別(すなわち自己と母親との区別)の欠如に由来するものであった。母親Motherを表す文字M (Ma)は波を表す表意文字であった。

 「神話学者たちが認めるところによれば、女性原理は、中世にキリスト教当局から受けたように、執拗な攻撃を受けると、静かに潜行することが多い。生命が 生まれた水の中で、女性原理は男性支配の社会の潜在意識を泳ぎまわり、時折表面にぴょこんと顔を出しては、いまだに男性原理とは相容れないことを見てと る」[3]

 「水」と「母親」との間の照応関係は、母性原理が理論上抑圧されていた中世にあっても普遍的であって、錬金術師や他の「哲学者たち」は、霊魂 を創造したのは神ではなく、母なる大地 と母なる海であったと主張している[4] 。女神を祀る神殿は例外なくと言っていいほど、井戸、泉、湖、海と関連をもっていた[5] 。「湖上の貴婦人」とは、中世ドイツの吟遊詩人(ミンネジンガーMinnesinger)たちが崇拝した愛の女神ミンネMinne-アプロディーテー の ことで、人魚として姿を現し、「水の性質」をもつと考えられていた。しばしば愛そのものの隠喩として水が用いられた。水と同じく愛は、茶碗状にくぼめた掌 の中に入れるように、ゆったりと育む男のもとに留まった。しかし、固く握りしめようとする男からは、愛は流れ去って掌の中には何も残らなかった。そして水 は愛と同じく、豊穣性や創造性という生命力には不可欠のものであった。水なくしては、物質界同様、精神界も不毛の砂漠、荒地Waste Land となってしまうであろう。

 

・・・

 

ドゴン族・バンパラ族〕 これまた、緑色の、神の精液たる水は、ドゴン族の宇宙発生論において、大地 を受胎させて《二双子の英雄 》をもうける(GRIE)。この双子は、腰から上が人間、腰から下がヘビ の形で生まれる。彼らは緑色をしている(GRIE)。

 しかし、豊餞をもたらす生命力である、水のシンボルは、ドゴン族とその隣人バンパラ族の思想において、はるかに先まで進む。というのも、水は 神の精液だが、また〈光〉であり〈言葉〉だからである。この再生の御言葉の、主要な神話的アヴァターラ(権化、化身)は、純銅の螺旋である。しかしなが ら、水と言葉が現実態となって現れ、世界創造 を もたらすのは、もっぱら湿った言葉の形をとってである。この湿った言葉に対立するものとして、顕在的生命のサイクル外にとどまる双子の片割れがいて、こち らをドゴンとバンパラは「乾いた水」と「乾いた言葉」と呼ぶ。乾いた水と乾いた吉言葉は、思想、すなわち人間と神の両面における潜在性を表す。世界の創成 の基礎である、湿気の原質を、その内部で誕生させた宇宙の卵 が、 形成される以前は、すべての水が乾いていたのである。しかし天界の至高神《アンマ》は、その分身《ノンモ》(湿った水の神で、顕在的生命の指針であり、原 理である)を造ったとき、彼が宇宙に与えた境界の外にある、天上界の自分の手もとに、この最初の水の半分をとっておいたので、「乾いた水」が残ったのであ る。同様にして、表現されない言葉、思想は「乾いた言葉」といわれる。それは潜在的価値しか持たず、子をもうけることはできない。人間の小宇宙にあって、 それは本源的思想のレプリカであり、現在の人間の出現以前に、アンマから精霊《ユルグ》によって盗まれた「最初の言葉」である。D・ザーアンにとって (ZAHD)、「自意識なき未分化の言葉」であるこの最初の言葉は、無意識に対応する。それは、夢想の言葉であり、人間の自由にできない言葉である。ユル グの化身であるジャッカルまたは青いキツネは、最初の言葉を盗んだので、無意識の、不可視なものの、したがって未来の(未来は不可視の時間的構成要素にす ぎない)鍵を持っている。ドゴン族の、最も重要な占いの体系が、この動物への問いかけに立脚するのは、このためなのである。

 ユルグが、普遍的に無意識のシンボルである、冥界 の火と にも結びつけられることを記すのは興味深い(PAUC、ZAHD、GAND)。

 あらゆる現象を2つの範疇(水と火とか、湿気と乾気といった、相対立するシンボルによって支配された2つの範疇)に分ける基本的区分の仕方 は、アステカ族の葬儀にかかわる宗礼のうちに、顕著な例証を見出す。他方もろもろの事実の示すところによっても、《天地》は、本来1対なりという観念を 伴った、この象徴的二元性のアナロジーは成り立つ。「溺れて死んだり、雷に撃たれて死んだ者、ハンセン病や痛風や水腫にかかって死んだ者のすべて、要する に水と雨の神がこの世から連れ去ることによって、いわば区別した者のすべて」は土葬にされた。それ以外の死者は、すべて火葬にされた(SOUA、 231)。


http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/water.html

ギリシア神話・伝説ノート
 失われた女神たちの復権

barbaroi.gif

Barbaroi! - kyoto-Inet

古代ギリシャ文学翻訳集。衣食住、武器、船舶などに関する小論文、聖書外典。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/
| sophiology | 15:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
太陰は水的で、陽が火的で、陰陽調和は火水(かみ=神)?:月(水)と日(火)の一体としての前古代

 

JUGEMテーマ:学問・学校

 


テーマ:太陰氣学:太陰イデア論:氣=イデア=生命

かつて、冬の日差しを見て、水のように光を感じた。
 また、東大寺のお水取りの祭礼の意味は、水と火の融合である。陰陽結合である。
 一般に根源は火のように思われているが、どうも、太陰は水的ななのではないのかという感じがしている。そして、陽は当然、火(日)的なものである。それが結合して、火水(かみ:神)ではないだろうか。
 創世記に冒頭に水(海?)の上を神霊が漂うということが述べられているが、これは、太陰と陽とのことではないだろうか。
 そう、創世記は父権的宗教の書なので、陽を主体にすると考えられる。しかし、新母権主義の太陰氣学は当然、水の方を根源と見ることになるだろう。

追記:以下の「ツクヨミ」を見ると、様々な神話において、太陽と月がセットになってる。これは、陰陽と見るべきだ。そして、本来、一体と見るべきだ。つまり、太陽と月は一体である。そして、本源は太陽ではなく、月である。火ではなく、水である。
 何故なら、一般に文献としての神話は古代父権文化社会の産物であり、父権的二項対立のイデオロギーが主導的になるからである。つまり、男性中心・優位であり、女性は劣位で、従属、服従する存在という視点によって書かれているということである。

ツクヨミ - Wikipedia

ja.wikipedia.org/wiki/ツクヨミ - キャッシュ - 類似ページ
中国の盤古伝説には、盤古が死してその左眼が太陽に、右目が月になったという起源
譚があり、また、『旧約聖書』の創世記では、天地創造の四日 .... また「ヲチミヅ(変若水)
」=ヲツ即ち若返りのの管掌者として現れ、「月と不死」の信仰として沖縄における「
スデミヅ」との類似性がネフスキーや ... その他にも、海神のワタツミ、山神の
オオヤマツミと同じく、「ツクヨのミ」(「ツクヨ」が月で「ミ」は神霊の意)から「月の神」の意と
する説がある。


参考:

神霊学的見地から見た「水」の重要性

『旧約聖書』の「創世記」は、次の一文で始まっている。

「初めに、神は天地を創造された。
地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた」


『新約聖書』には、イエスの次の言葉がある。
「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない」
(「ヨハネによる福音書」第3章5節)
http://japan666.seesaa.net/article/145736076.html
 

生命を進化させる「」革命: 神泉組1【大和魂の復活と超人革命】

japan666.seesaa.net/category/6913127-2.html - キャッシュ
生命を進化させる「」革命,一説によると日本は世界の雛形らしい。そして、日本人には
世界を改革 ... 神霊治療能力者が力説する「生」の効用. 「風邪は万病のもと」という ...
的見地から見た「」の重要性. 『旧約聖書』の「創世記」は、次の一文で始まっている。

神泉組1【大和魂の復活と超人革命】

 

光とからエネルギー創造:古代の叡知への科学的回帰?

protophilosophy.noblog.net/blog/k/10594590.html - キャッシュ
2008年7月28日 ... からエネルギーを獲得するという記事を以前紹介したが、以下の記事も興味深い。 光
からエネルギー創造とは何か、天地創造(『創世記』)を想起する。そう、それは、
相応しているのではないか。神霊の上を漂っていて、神霊の息吹が ...




 

今年(平成25年2013年)は私にとり、画期的な、驚異の年である:運気(共時性・引き寄せ)が強い


テーマ:日の本大覚清創造:心的革命宣言:霊的進化

今日の運気もすごかった。国道だろうか、少し車のナンバーを見て、運気がいいと思い、「出る」と思ったら、1111が出た。(国道沿いでなかったかもしれない。記憶が怪しい。)
 そして、7787、7707のカーナンバーが出て、1字違いではない、4つ揃ったのが出ないと本当ではないと思ったらすぐに、7777が出現した。
 また、帰り道、また出るのではないかと思っていたら、また、7777のダンプが神々しく、崇高に登場した。なにか畏怖のようなものを感じた。いったい何か。
 以上は一種奇跡的な運気についてだが、その他、仕事その他での収穫があったのである。いちいち書かない。


追 記:一言付け足せば、勘が異様に冴えているということである。これは、ベジタリアン、小食、そして、豆乳ヨーグルト食、他のせいかもしれない。それもある が、いちばんは、宇宙の運気が大変化を起こしていることだろう。宝瓶宮(水瓶座)の力(インフルエンス)が注いでいるのだろう。つまり、それと私の氣的心 体が共振共鳴調和しているということだと思う。



 

「太陽凝視」と森日光気浴、森日光気浴瞑想


テーマ:放射能大洪水飯山一郎新方舟:乳酸菌日光浴

飯山一郎氏が画期的な「太陽凝視」生命力生成を行なっているが、これは、いわば、日想観(じっそうかん:参照日想観の風景 )の現代版に近いし、折口信夫に拠ると、古代か、日本人の習俗として、太陽を追いかけるものがあったということを想起させる。
 太陰氣学では、日光は強度の氣をもっていると考えているので、飯山一郎氏の「太陽凝視」生命術は、論理的であると言えよう。
 さて、去年において、私は森の中で、日光浴しながら瞑想することを行なっていたのである。ただ、その後、持続しなかったのであるが。
 これからは、とりあえず、森氣瞑想をできるだけ行ないたいと思っている。


太陽を食べる男 NASAが研究へ (飯山一郎資料室より) (10/16)

 
【飯山一郎のコメント】:「太陽凝視」。これが世界的な話題になったのは10年も前のことである。
日本は「医学常識」が支配する国なので一笑に付されるだけだった。
私も「常識人」なので(笑)気には留めたが、実践する気持ちは皆無だった。
ところが今年、日光浴の最中に眠ってしまい、ふと目覚めて背伸びをしたときに身体がこわばってしまい、太陽を直視したまま1〜2秒間、目が閉じられなかった。この時、真ん丸な太陽がクッキリと見えたのである。
これが「太陽凝視」の実践の初めである。
医学常識では「失明のリスクあり!」として禁じられている太陽凝視。これが逆に健康にEーと分かってきた時の衝撃は大きかった。これはコペルニクス的衝撃である。(爆)
誰もが信じてきた医学常識。これがウソだった!と分かっただけでも「収穫」は大きかった。
今の私は、連日、最低30分以上も太陽凝視を実践している。
体調は最高にEー! 老眼がなおってきている。心が爽やかである。

『文殊菩薩(ブログ版)』


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追記:以下の記事を書いてから、私の人生において、画期的なことが起ったのであり、今でも続いているのである。即ち、断酒である。これで、一気に元気になったのである。
 また、さらに小食を始めたのである。一日二食である。今は、1日1.5食である。朝食は食べるが、菜食だけで、ご飯やパンは食べないのである。
 
Tue, December 11, 2012

健美主義宣言:乳酸菌、豆乳、ケフィア、そして、森日光気浴(瞑想)

テーマ:乳酸菌と食品:ケフィアと豆乳ヨーグルト

私はもともと体力の弱い人間である。だから、元気を出すには、人とは違った生きるための工夫が必要である。
 今年は不調である。前半は不定愁訴気味で、後半は最初はよかったが、師走になり、また、元気がなくなった。
 しかし、ケフィアを飲み、開眼した。健康で、美的生活することを。それには、乳酸菌と豆乳とケフィアがポイントであると。そう、ヨーグルトも入れよう。
 今、豆乳で作った乳酸菌のペットボトルがあるが、上層に乳白色の固形状のものがあり、それ自体、豆乳ヨーグルトではないかと思い(飯山一郎氏がそう述べていたように思うが)、ブルーベリー・ジャムを入れて、今食した。まずくはない。まーまーである。
 これから、数日ぶりに森気浴、森日光気浴、森日光気浴瞑想をしよう。森清掃散策もする。

追記:豆乳で作ったペットボトルの「乳酸菌」であるが、黒糖がなかったので、オリゴ糖を使用したのである。黒糖を使用すると、きつね色の液体ができるが、オリゴ糖なので、乳白色というか、ほとんど白い固形状のものが上層にでき、中間に透明な白っぽい液体ができている。
 以下の参考資料を見ると、乳酸菌はオリゴ糖を食べるというので、玄米とぎ 汁の乳酸菌がオリゴ糖を食すということになる。だから、オリゴ糖を入れて作った豆乳を入れた玄米とぎ汁の発酵した白色のペットボトルであるが、それは、や はり、乳酸菌であり、乳白色の固形状のものは、豆乳ヨーグルトだと思う。


参考:

オリゴ糖 豆乳のナチュラルパワー

オリゴ糖

オリゴ糖とは、ブドウ糖や果糖などの単糖類同士が結合した化合物の中で、多糖類というほどは分子量が大きくないもののことを指します。

オリゴはギリシア語で少ないを意味することから、少糖類と呼ぶこともあります。

オリゴ糖とは、腸内でビフィズス菌や乳酸菌がエサとして好んで食べ、その結果ビフィズス菌や乳酸菌といった善玉菌が増加し、ビフィズス菌や乳酸菌が増えると腸内環境が良くなり、便秘や下痢が改善されますし、さらに免疫力を高め大腸がんの予防にも期待されています。
http://www.tounyu.org/tounyu.s.05.html

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11424695539.html



 

氣的心身(氣心体)の成熟:「精神」の成熟と未成熟(未発達と反動)


テーマ:心と病気:心のカオスとコスモス:心アート

いわゆる、精神の問題は、今や、氣的心身(氣心身、氣心体:心体という言葉が心身よりもいいだろう)の問題である。
 因みに、デカルト心身二元論、スピノザ心身平行論やライプニッツモナド論、その他心身二元論に関連して言うと、心身のメディアは氣である。
 氣が心と身体を繋いでいるのである。私は氣的身体理性を説いているが、それが、身体と心のバランスをもたらす視点と考える。
 デカルトの心と身体の結節点としての松果体であるが、それは、一部正しいだろう。氣と松果体等の脳局所については後で言及したい。

間脳 - Wikipedia

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2.1 入力; 2.2 出力. 2.2.1 自律神経; 2.2.2 ホルモン. 3 画像; 4 外部リンク. 解剖[編集].
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スライド・8 4 神経系 - 間脳 - SlideShare

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2013年1月22日 ... 間脳の発生間脳は終脳と中脳の間に位置するため、上行性・下行性の神経線維が間脳
を貫通し、内包が形成される。その際に腹側視床の大部分が外側へ押し出され、淡蒼球
となる。腹側視床の内側部は間脳にとどまり、視床下核となる。

 

読書日記 再び、『間脳幻想』を読む。

2006530.blog69.fc2.com/blog-entry-255.html - キャッシュ - 類似ページ
2007年9月25日 ... 藤井: 間脳は終脳が包みこんでいて、解剖学的に見た間脳の位置は、脊髄と脳髄を
結びつける脳幹の最京都にあります。 ... この古皮質は間脳の皮質であると考えてもよく
、大脳の辺縁系を構成しているが、古皮質と新皮質が哺乳類の脳の ...

 

自律神経の中枢は「間脳視床下部」ではないのですか? - Yahoo!知恵袋

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1273689862 - キャッシュ - 類似ページ
2011年10月19日 ... 自律神経の中枢は「間脳視床下部」ではないのですか?クリックありがとうございます。
今、生物の問題で「自律神経の中枢はどこか?」 という問題があり、 私は「間脳視床
下部」だと思ったのですが、答えは「間...

 
  1. 脳の構造

    kaiwa-kouza.com/contents/sub/yougo/structure_brain.html - キャッシュ - 類似ページ
    間脳 (かんのう), 視床 (ししょう). 視床上部 (ししょうじょうぶ), 手綱 (たづな). 松果体 (
    しょうかたい). 後交連 (こうこうれん). 視床下部 (ししょうかぶ), 乳頭体 (にゅうとうたい),
    乳頭体核 (にゅうとうたいかく). 視交叉上核 (しこうさじょうかく). 思索上核 (しさくじょうかく
    ).
  2. 脳・神経のメカニズム(1)

    www.k2.dion.ne.jp/~yohane/00%200%20seibutu5.htm - キャッシュ - 類似ページ
    また、脊椎動物の脳の「発生」( 注) ”進化”ではない!)は、”原始的な脳”ともいうべき 前
    脳、中脳、後脳の発達から始まり、後脳からは小脳と 橋が形成され、脊髄の先端が
    肥大化して 延髄となる。 この 延髄、橋、中脳、間脳 を総称してして 脳幹(”生命脳”)と
    呼ぶ ...
| sophiology | 00:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
植物と動物と人間の成形力学について:太陰と陽の陰陽力学?
JUGEMテーマ:学問・学校
 

植物と動物と人間の成形力学について:太陰と陽の陰陽力学?


テーマ:太陰氣学:太陰イデア論:氣=イデア=生命

太陰氣学(太陰生命=イデア論)から、生物の成形の力学について考えている。
 植物は、太陰と陽の共振で説明つくだろう。思うに、植物の摂取通するエネルギーは日光であり、それは、陽である。つまり、植物自体は太陰で、日光が陽で あり、日光=陽を取り入れて、太陰=植物は成長することでいいだろうか。植物は太陰ではなく、陰と見るべきようにも思われるのが、今は措いておく。
 とまれ、植物は太陰と陽が調和共振していると思われるのである。これはこれまでの考えであるが。
 問題は動物の成形である。
 先に自転車乗っていて、思いついたのは、陽が優位化したときに、動物が生起するのではないかということである。
 私がイメージしているのは、陰陽球から陽が飛び出すようなものである。陽的生命体である。しかしながら、太陰が劣位にあるので、植物のように、陽=日光を浴びても、エネルギーを作りだすことはできないということではないだろうか。(理屈的であるが。)
 とまれ、陽に傾斜した生命体として、動物存在を考える。
 それは、陰陽球から飛び出した存在なのであり、太陰=大地から切り離されて、いわば、根から切り離されて、可動的になったと考えるのである。
 そして、可動的になった代償に、エネルギーを自給することができなくなったということになるのである。
 つまり、太陰が過小であり、陽が主要なので、確かに、陽のエネルギーはあるが、それを補充する必要があるということなのである。もし、太陰が強くあれば、日光=陽を吸収して(同化して)、植物のようにエネルギーを作れたと考えれるのである。
 では、動物を超えていると思われる人間、人類はどう成形できたのだろうか。
 当然、動物的ベースはあるだろう。(だからとは言え、進化論的に、類人猿から人類が進化したとは考えない。)
 結局、問題は、自己意識の成形が人類を造るという点にあるだろう。
 動物には自己意識はないだろう。「わたし」はないだろう。しかし、それに微かに似たものはあるかもしれないが、基本的にはないと考えるのである。
 自己意識とは「わたし」という個の意識と言っていいだろう。
 特定される存在の意識ないし認識である。
 動物は英語の不定冠詞a、anであり、人間は定冠詞theに喩えられよう。
 さて、意識の問題であるが、先に、太陰ー陽における原意識について述べた。これは、太極的一元的意識、融合的意識である。認識主体と認識客体が一致する のである。コスモス的意識と言ってもいいし、即非の論理は近いと言えようし、思うに、メビウスの輪(帯)的な意識と言った方がよりよいかもしれない。
 図式化すれば、

原意識=太陰(主体)⇄陽(客体)

ないし太陰(主体)∞陽(客体)


である。
 私は暫定的に、あるいは、作業仮説的に、植物はこの原意識をもっていると考えている。一種、氣の意識である。
 しかし、動物の場合、陽が優位となり、太陰が劣位化される。そう、陽中心となり、太陰は弱体化している。
 だから、太陰(主体)の原意識は脆弱であると考えられる。思うに、反射的な動的な反応が発生するのであり、思考という貯めのある知はないと考えられる(例外はあるだろうが)。
 思うに、直観が発達しているのではないだろうか。(私は動物の部類に近いのか。)
 さて、人類の場合であるが、これは動物とは異なり、太陰(主体)が戻ってきていると思われるのである。
 直観では直立姿勢が、例えば、樹木の垂直性と類似するのである。今は直観だけであるが、植物の原意識、即ち、太陰⇄陽(太陰∞陽)が人類にも内在しているのである。
 しかしながら、動物の身体に内在しているために、不安定である。即ち、動物の陽傾斜、陽中心主義に、植物の原意識、いわば、陰陽バランスが組み合わさっていることになるのである。
 しかし、正確に言えば、原意識自体は無意識であり、原意識がいわば、物質化ないし陽化するのであり、それは、もはや、原意識ではなく、通常の意識になっていると思えるのである。
 つまり、それが、自己意識の原初と思われるのである。即ち、太陰⇄陽ではなく、太陰⇒陽の方向性をもち、これが、さらに、陽⇒外界というように作用するのではないだろうか。
 思うに、正確に言えば、原意識と陽意識の二重性が存するのであり、原意識の宇宙性と陽意識の物質性の二重の意識・認識性がそこにあるように思えるのである。
 原意識はループを形成する。太陰⇄陽のループである。そして、この陽と動物の陽が結合して、物質界への意識が形成されたのではないだろうか。
 言い換えると、人類の陽は一方では太陰につながり、他方では、外界、物質界へと通じているということになるだろう。
 今は精緻、厳密には言えないが、一つ一番の問題をあげれば、植物的原意識が人間において、動物の陽意識と結合する力学の仕組みの解明である。
 どうやって原意識が到来するのか、である。これは、簡単に陰陽力学で説明していいのではないだろうか。
 つまり、動物の場合は陽に傾斜したのであり、陰陽の運動は次は、陰に振れることが考えられよう。つまり、陽から陰への転換である。この陰は太陰のことである。
 今はそのように考えておく。
 そして、今の原意識と陽意識の結合としての人類意識、自己意識であるが、これは原初人類自己意識である。
 これから決定的段階は、父権化である。これは、再び、陽へ傾斜する。否、極大の陽へ傾斜するのであり、陰が消えるのである。典型がヤハウェと考えれる。
 このとき、父権的自己、独立した自己、即ち、自我が形成されると思われる。
 これは、太陰から切り離された極陽の意識である。思うに、これは、動物の陽意識を極端にした面をもつ言えるように思えるのである。
 以上、ざっとであるが、ここで留める。
| sophiology | 05:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
太陰氣学による宇宙生命体人体生成の仮説:内在する5の数と幾何学:ピュタゴラス派に回帰する

太陰氣学による宇宙生命体人体生成の仮説:内在する5の数と幾何学:ピュタゴラス派に回帰する


テーマ:太陰氣学:太陰イデア論:氣=イデア=生命

起きがけの本件の想像を記したい。
 
 やはり、初めに、太陰ありきである。そして、それが、陽を産むのである。即ち、

太陰⇒陽

である。(本ブログの上部の円【陰陽円】を参照されたい。)
 そして、陽が本源の太陰に螺旋的に回帰するときに、宇宙ないし宇宙生命体が生まれる。(これはこれまでの考えである。)
 今回、新たに加えたのは、5という数字ないし正五角形である(これは、ピュタゴラス派の神聖数ないし神聖幾何学である。)。
 とは言え、5という数は、(初期)PS理論の早い段階で、思いつき的に導入したものであり、この視点自体はまったく新しいものではなく、古いものである。
 さて、この5を宇宙成形の基本数と見るわけである。黄金比もここから生まれるのである。(今思いついたが、陰陽五行と言うが、この5と五行が関係するのかもしれない。)
 植物は太陰陽螺旋で正五角形を葉や花の原形と見るのである。その他の多角形はその変化と見るのであるが、検討は措いておく。
 そして、太陽系も5を基本とするのである。シュタイナー霊学的に、水星、金星、火星、木星、土星の5惑星を見るのである。
 そして、太陽と地球であるが、これは、太陰と陽の関係かもしれない。つまり、太陰が地球で、陽が太陽である。(これについては今は検討しない。)
 そして、この太陽系が、その陽の力、つまり、氣(シュタイナーならエーテル体)の力で、内在的に生命体に内臓を産みだすのである。
 少し先走ったが、動物の生成を説明する必要がある。
 動物は陰陽円から外在化された生命体としよう。
 そして、その生命体に太陽系の五惑星の氣(エーテル体)が作用(「影響」)して、内臓が形成されるのである。
 では、人体の生成はどうなるのか。
 基本に動物生命体がある。そこに、自己意識体が成形される必要がある。
 先ず、それを説明する前に、原意識を説明する必要がある。
 原意識とは、


太陰⇒陽


の意識である。これは太陰がもつ意識であり、陽が対象となるのである。しかしながら、太陰と陽は一体である。これは、通常の物質界での認識とは異なる。認 識主体と被認識客体が一致するからである。これは、以前、知即存在と言ったものに相当する。(以前、PS理論の段階で、即非の論理を使用したが、それに似 ているが、一致はしないように思う。)
 言い換えると、太陰と陽は一つのコスモス(宇宙、内宇宙=外宇宙)を成形しているのであり、それは、不分離一体である。
 そう単純に陰陽対極性であり、それがおそらく一元の太極を成していると言えるかもしれない。(しかし、太陰氣学の根源の太陰とこの太極を一致させてはいけないと考える。太極は陰陽対極性と同様に、太陰から派生したものと考えるのである。)
 さて、以上が原意識(元意識、玄意識、根源意識)である。
 これが、陽においては、一般的な意識、主客分離の意識に変質すると考えるのである。
 この後者、陽における主客分離意識であるが、これが、自己意識を成形すると言えよう。
 そう、原意識は植物に存するし、太陽系的原意識は動物に存するだろう。
 人体は両者を内在しつつ、かつ、陽(頭脳)において、主客分離意識、即ち、自己意識(「わたし」、個)をもつと考えられるのである。
 そして、この初期自己意識は、内在する植物的原意識、動物的太陽系意識となんらか通じている。そう、未分化様態と考えられる。
 しかるに、自己意識が内在する原意識から絶対的に分離するときが来る。それが、父権的自己意識であり、究極はヤハウェ的自己意識(「我あるという存在で ある。」あるいは、「我は在り余れる存在である。」)になると考えられる。これで、今日のような自我意識が基本が成形されたと考えられる。
 この自我意識(内在原意識から分離した自己意識)から今日の唯物科学、資本主義が生まれたと考えられる。
 そして、今日の黙示録的状況となったのであり、自我意識から新たに原意識に、太陰に回帰して、新たな生成を始める大進化的段階になったと考えられる。
 さて、以上、ざっとであるが、今朝の布団の中での発想から、これまで、不十分であった動物や自己意識の成形力学を太陰氣学的に仮説した。

参考:

ピタゴラス派 - 純丘曜彰教授博士の哲学講義室 - Seesaa Wiki(ウィキ)

http://w.livedoor.jp/philosophy/d/%A5%D4%A5%BF%A5%B4%A5%E9%A5%B9%C7%C9
 

ピュタゴラス派の「霊魂数」の解明 - TOMOHISA SUZUMURA'S ...

http://borges.blog118.fc2.com/blog-entry-1043.html
 

ピタゴラス派 - 古代ギリシア哲学と現代倫理学のページ - エキサイトブログ

http://matsuura05.exblog.jp/d2004-02-06
 

ピタゴラスの世界

http://www.rd.mmtr.or.jp/~bunryu/pytagorasu1.shtml
 
  1. ピタゴラス - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/ピタゴラス - キャッシュ - 類似ページ
    ピタゴラス学派、ピタゴラス教団と呼ばれる独自の哲学学派は、哲学界における様々な
    定理を見出した(そのほとんどは、現在で言う数学のものである)。有名なピタゴラス
    定理も、実は本人によるものではなく、この学派によるものである。この学派は五芒星
    ...
  2. 五芒星 - Wikipedia

    ja.wikipedia.org/wiki/五芒星 - キャッシュ - 類似ページ
    五芒星(ごぼうせい、英: pentagram)または五芒星形・五角星形・五線星型・星型
    五角形・正5/2角形は、互いに交差する、長さの ... 内側に生じる小さな正五角形を
    取り除いた形(☆:五光星)もしばしば五芒星と呼ばれることがある。 ... 2.3.1 ピタゴラス
    学派.
  3. パラボラ・アンテナ - nifty

    homepage1.nifty.com/ckasa/mp/myx099.html - キャッシュ
    ピタゴラス教団が数学や哲学を研究したのは、正しい生き方をするためだった。 その
    教えの中心は、数を崇拝することだった。 「1は創造主、2は女性、3は男性を意味し、
    万物は数で表わされる」 また、ピタゴラス教団は、五角形の内部に五芒星が描かれ、
    その ...
  4. ペンタグラム(五芒星形)

    www.geocities.jp/ja1tmc/pentagramu.html - キャッシュ - 類似ページ
    いずれにしても、ピタゴラス学園の人々は手紙の前文に、「Health to you」と書いた、
    彼らは、ペンタグラムをシンボルとして使い「健康」と呼んだ。 資料、上記の資料の古注
    ペンタグラムつまり「五芒星形」は、ピタゴラス派の中ではその派内のものである
    シンボル ...
  5. ピタゴラス - FC2

    mahorobanomori.web.fc2.com/Pythagoras.html - キャッシュ - 類似ページ
    しかし、彼の学派が見付けたピタゴラスの定理によっても算出される√2によって、無理
    数が存在しないという考えは後に修正された。皮肉な事に、シンボルマークの五芒星
    現われる黄金比も無理数であった。ちなみに、無理数の存在を否定するがあまり、無理
    ...
  6. ピタゴラス -- Key:雑学事典

    www.7key.jp/data/philosophy/pythagoras.html - キャッシュ - 類似ページ
    2007年10月5日 ... このため、ピタゴラスの発見といわれているものはどれがピタゴラス自身の発見である
    のか判っていない。有名なピタゴラスの定理も実はピタゴラス本人によるものではなく、
    この学派によるものとされる。ちなみにこの学派は五芒星をシンボル ...
  7. ピタゴラスの館 - 五千年前の大洪水 - Google Sites

    https://sites.google.com/site/gosennenmaenodaikouzui/pitagorasuno-guan - 類似ページ
    現代、この流れをくむ占数術は「秘教占数術(ピタゴラス占数術)」と呼ばれている。
    その後、現在のイタリアのロクリスに本拠地を置き、ピタゴラス教団を創 設した。当時は
    秘密主義なので、一種の秘密宗教結社である。ピタゴラス学派とも呼ばれ、五芒星...
  8. ピタゴラス - ピタゴラスの館 - Google Sites

    https://sites.google.com/site/pitagorasunoguan/pitagorasu - 類似ページ
    現代、この流れをくむ占数術は「秘教占数術(ピタゴラス占数術)」と呼ばれている。
    その後、現在のイタリアのロクリスに本拠地を置き、ピタゴラス教団を創設した。当時は
    秘密主義なので、一種の秘密宗教結社である。ピタゴラス学派とも呼ばれ、五芒星...
  9. 星と形−The Symbol of Stars- 第4章 - ZAQ

    www.kcat.zaq.ne.jp/aaagq805/star/star4.htm - キャッシュ - 類似ページ
    メソポタミアでは五芒星は星とは関係なかったようです。」とメールを下さいました。
    なるほど。 「私も、なるほど、です。 バビロニア起源の五芒星といえば、かのピタゴラス
    教団の紋章で、各辺が互いに他を黄金分割するその作図法は、秘密とされたようですが
    、今 ...
  10. ピタゴラス教団|アラフィフダイエット!!キーワードは“楽・健” - Ameba

    ameblo.jp/irutyan/entry-10814564351.html - キャッシュ
    2011年2月27日 ... 五芒星 と 六芒星」について調べておりました。 行きついたのは「ピタゴラス教団」. ん?
    ピタゴラス?? あの、中学校の数学で習ったあれ?? いやあ、びっくりした. ピタゴラス
    って人は、魔術師的な側面をもち、秘密結社みたいなものを作った人 ...
| sophiology | 10:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
気の教養?:心身相互成形課程:ポスト・デカルト心身二元論:氣識理性=氣的身体理性の発見

気の教養?:心身相互成形課程:ポスト・デカルト心身二元論:氣識理性=氣的身体理性の発見


テーマ:全体智学 : holosophy:心智学
 
JUGEMテーマ:学問・学校
人間というのは、難しい存在である。
 生活しないといけないし、また、健康維持に気を付けないといけないし、また、心を涵養・陶冶しないといけない。
 生活、身体、心の三位一体が必要なのである。
 しかし、近代主義は近代的自我主義(利己主義)であり、物質主義(唯物論)であり、また、資本主義経済が支配するために、この三位一体の構築はきわめて困難になっているのである。せいぜい、どれかに偏るであろう。
 また、統括的原理がないことが原因でそうなるとも言えるのである。
 私は、近代主義を哲学的に作ったデカルトの心身二元論に元凶があると考えている。心(思惟)と身体・物質(延長)の二元論である。(正確に言うと、デカルトは両者の結節点を松果体に求めたのだ。この問題は今はおいておく。デカルト『情念論』を解読する | Philosophy Guides - 哲学ガイドブログ http://www.philosophyguides.org/decoding-of-descartes-passions/)
 しかし、今や、太陰氣学によって、いわば、内臓心(内臓魂)を介して、心と身体が繋がっていることは明らかであるし、今日の科学の発達からこれは了解されることである。
 問題は、何が両者を繋いでいるのかということである。
 これは、太陰氣学では、氣であると明快に答えるのである。
 あるいは、氣的意識である。そう、いわば、氣識である。
 氣識が心と身体を繋いでいるのである。私が氣的身体理性と呼んだものはこの氣識の理性のことである。
 さて、近代主義はこの氣識がないために、自我中心主義に偏り、自己において、社会において、問題が生じさせるのである。わかりやすく言えば、病態を内外に成形するのである。
 氣識理性とは陰陽調和理性である(知性と呼ばないのは、知性だけだと、頭脳に偏り、共感性や倫理が疎かになるからである)。
 氣識理性(氣的身体理性)は、プラトン的な真善美の核に存するものである。そして、それは、最近の知見から、植物的生命をベースにすることが了解されたのである(飯山一郎氏の不食主義はその極北である飯山一郎さん
http://1tamachan.blog31.fc2.com/blog-category-34.html)。
(思うに、プラトンとはなんという人かと思う。今日を予見していたのか? プラトン哲学は植物生命的哲学、そう、氣的哲学だと思う。これについて、いつか検討したい。)
 この氣識理性の展開によって、心身バランス、そして、社会的調和への成形がなされると考えられるのである。
 そう、デカルト心身二元論は否定・破壊・悪魔の原理だと考えられる。(シュタイナーで言えば、悪魔アーリマンの原理ということになろう。)
 とまれ、氣識理性を中核におくことで、近代主義は超克されるであろう。
 それは、植物的生命原理の世界の構築を意味するのである。やや言葉足らずであるが、今日は疲れているので、ここで留めたい。
| sophiology | 21:36 | comments(0) | trackbacks(0) |

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