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フィボナッチ数列の数の意味:等分割数ではないか:2は2等分割、3は3等分割、5は5等分割、等々


フィボナッチ数列の数の意味:等分割数ではないか:2は2等分割、3は3等分割、5は5等分割、等々


テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合
 
直近で、以下の図を参考にしたが、フィボナッチ数列の数であるが、これは、単なる量としての数ではなくて、等分割の等分数ではないかと思った。つまり、最 初の1は1分割せよ、とうことになり、それは、全体である。つまり、おそらく、最初に0(ゼロ)ないし原点があるのであり、0+1=1であり、これは、半 径1の90°回転である。次に、半径1をまた90°回転させると、最初の半径1と今度の半径1を加えて、1+1=2の半径ができる。この半径2は同時に2 等分割を意味するということではないだろうか。少し曲解的だが、1+1が二つの部分ではないだろうか。
 次に、半径2が90°回転すると、1+2=3となり、半径3が形成される。これは、1+1+1=3であり、左辺の1+1+1が3等分を意味するのではないだろうか。
 次に、半径3が90°回転して、1+1+3=5で、半径5が形成される。これは、同様に、1+1+1+1+1=5であり、左辺の1+1+1+1+1が5等分を意味するのではないか。
 以下同様である。
 このように考えると、等分割が形成されて、例えば、正三角形、正五角形、正八角形の形成が簡単に説明できよう。
 ピュタゴラス派がいちばんの神聖数の5であるが、これは、5等分割で説明できよう。そして、これが、黄金比と関係するのである。つまり、自然現象、有機 的現象ともっとも関係すると考えられるのであり、当然、人間(私は人間動植体とでも呼びたい)にも当てはまるのである。五本の指、頭と手足、合わせて、5 つの部分、あるいは、五臓六腑の五、等々である。
 以上の説明で、かなり、形態発生力学が論理的に説明できるようになっただろう。これまでとは、格段の差である。
 結局、フィボナッチ数列を導入したことが正解であったと言える。


この1,1,2,3,5,8,…という数字の並びはフィボナッチ数列と呼ばれるもの。
隣り合った数字を足し合わすと、
 1+1=2、
 1+2=3、
 3+5=8、、
と続いていきます。

これらの数字の間隔は、5:8 ≒ 1: 1.618、という風に、黄金比率に近づいていきます。

上の図のように「らせん」にも黄金比率が存在するし、
360°の円も、黄金分割すると、約137.5°という黄金角になります。
検討問題:形態はどうやって形成されるのか:螺旋、フィボナッチ数列、黄金分割(黄金比)
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11818276963.html



 

検討問題:形態はどうやって形成されるのか:螺旋、フィボナッチ数列、黄金分割(黄金比)


テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合

渦巻や螺旋の発生は陰陽の90°回転力学で説明されよう。
 即ち、日光軸が形成され、同時に、時間軸が発生し、空間三次元事象が生起するというように考えるのである。
 今思ったのは、以前考えた陰陽円の存在である。それは、ガウス平面において、虚軸を直径とする、ガウス平面に直交する円である。それが、90°回転すると考えるのである。
 そうすると、それは、ガウス平面上で単位円を形成しよう。どうも、これが、渦巻を創る「原光円」(造語)ではないだろうか。
 そして、三次元空間では、球体となろう。つまり、太陽ないし原太陽である。あるいは、原宇宙、原コスモス球かもしれない。
 とまれ、単位円=原光円において、凸i、凹i、+1,−1のよっつの基本単位がある。これが、四大(地水火風)に関係するのではないだろうか。凸iが 風、凹iが水、+1が火、−1が地に相当するかもしれない。また、五大(地水火風空)で言えば、空は原点、MP(メディア・ポイント)に当たろう。
 以下の参照を見ると、直観で、現象形態の発生は、螺旋、フィボナッチ数列、黄金分割に関係すると思われる。
 しかし、問題は、数学的に説明されるだけで、エネルギーが問題になっていないのである。あえて言えば、数学と現象力学が分離しているのである。
 数学、数にエネルギーを与える必要があるのであえる。
以下の参考1の「自然法則と黄金分割」の説明をヒントにしてみよう。
 上述したような五大(地水火風空)が原型となって、黄金分割を形成すると述べている。
 問題は正五角形の形成原理である。四大(地水火風)はわかりやすい。それは、単位円での「十字架」を考えればいいのであるから。しかし、正五角形にするのは難しい。
 ただ、数的には、5は上記のようにすぐ出てくるが、正五角形が生まれないのである。
 ここでは、正五角形を前提するより、フィボナッチ数列的視点から始めた方がいいようだ。
 参考2の図が参考になろう。フィボナッチ数列、1,1,2,3,5,8,13,21,・・・であるが、これをガウス平面の立体的変形座標に適用するのである。
 つまり、最初は、1と1でいいが、その次は、半径が2(=1+1)になり、その次の半径が3(=1+2)となり、同様に展開すると見るのである。
 これで、螺旋現象数的力学は説明されよう。後、時間軸に沿って、立体化させていけばいいだろう。
 そして、後の数を分母、前の数を分子にして、割り算すると、黄金分割に接近するのである。つまり、フィボナッチ数列から黄金分割が生まれることになる。
 そして、黄金分割から念願に正五角形が発生すると思われるのである。これで、現象形態の説明の大雑把な輪郭がわかろう。
 フィボナッチ数列的形成であるが、それは、当然、現象形成であり、ガウス平面での形成ではない。日光軸(実軸)があり、それが、原点を中心にして、時空間四次元現象へ、いわば、展開するのである。
 しかしながら、どうして、フィボナッチ数列的構成をとるのかという疑問が湧く。
 逆に、黄金分割の比が基本であるというようにも考えられる。
 これではどうどう巡りである。
 これは検討課題にしておく。
 

参考1:

自然法則と黄金分割

http://www.nersrch2020.sakura.ne.jp/1-11.htm

そして、これらの4つの要素をうまくバランスをとり、調整し、場を形成する役割をなすのが「空」の

性質なのです。言い換えると、あらゆるエネルギー源をあなたがたに与えるために転換したり、拡散し

たり、収束させたり、回転させたり、消滅させたり、する性質を持つもの。これを「五大要素」とよんで

おります。


  「五大要素」が均等に作用したとき、ちょうど「星形の五角形」を作り上げるのです。この五大要素が

「創造宇宙のトーラス」の中をぐるぐる、ぐるぐる回転しているのです。

 そして「星形五角形」の中には、きれいな黄金分割比が現れるのです。(黄金分割比とは1:1.618

という分割比を指します。また、その逆が0.618となります。)


 この「黄金分割比」というのは数字を「1,1,2,3,5,8、13、・・・・」というふうに並べてみてくだ

さい。これは、隣り合わせの数字を足して、その次の数字は、たとえば、1と1を足すと2(1+1=2)

となります。2の次は3になります。つまり 1,1,2,3… という数字の配列になっていくわけですが、

永遠にこの演算を繰り返してゆくと、出てくる数値が1.618。または0.618に収束してゆく数列をい

い、これを「フィボナッチ数列」ともいいます。

  この数字の配列というのは、自然界のこの五大要素を基準とした分布システムにも適用されている

のです。隣り合わせの数字を割ってゆくと、限りなく「黄金分割比」に近づくようになっていきます。

 これが自然界の「永遠に続くフラクタル構造」または「入れ子構造」をうまく説明出来るのです。


参考2:

生命に宿る黄金比とらせんエネルギー - ゴルフィーライフ(New) 〜 We ...

http://blog.goo.ne.jp/lifelongpassion/e/4e9068485f459e834966f46bc21bf8e7

ゆらぎやフラクタル、といった美しくも心地よい自然の法則を形成する重要なファクターにこの黄金比があります。

この1,1,2,3,5,8,…という数字の並びはフィボナッチ数列と呼ばれるもの。
隣り合った数字を足し合わすと、
 1+1=2、
 1+2=3、
 3+5=8、、
と続いていきます。

これらの数字の間隔は、5:8 ≒ 1: 1.618、という風に、黄金比率に近づいていきます。

上の図のように「らせん」にも黄金比率が存在するし、
360°の円も、黄金分割すると、約137.5°という黄金角になります。

パルテノン神殿やピラミッド、ダビンチをはじめ葛飾北斎に至るまでの絵画や美術品は言うに及ばず、
自然界は黄金比率に溢れている。
ミツバチの巣の中の雄と雌の個体数が黄金比になったり、
木の枝のつく間隔や葉っぱのつく間隔にも、1:3:5:8…と黄金比の法則が顕現する。



 
オウム貝の渦巻きを500万倍に拡大するとハリケーンの渦巻き雲になり、
さらに60兆倍すると、渦巻き星雲の形になるといいます。


参照:

対数螺旋 - Wikipedia

対数螺旋(たいすうらせん、 : logarithmic spiral)とは、自然界によく見られる螺旋 の一種である。等角螺旋(とうかくらせん、 : equiangular spiral)、ベルヌーイの螺旋ともいい、「螺旋」の部分は螺線、渦巻線(うずまきせん)、匝線(そうせん)などとも書く。ヤコブ・ベルヌーイ (ジャック・ベルヌーイ)は、17世紀スイス の数学者。

定義[編集 ]

極座標表示 (r, θ) で

r=ae^{b¥theta}¥,

と表される平面曲線を対数螺旋という。ここに、eネイピア数a, b は固定された実数 である。r が原点からの距離を表すため、a でなければならないが、b は正、負のどちらでも構わない。正の場合は中心から離れる際に左曲がりである螺旋になり、負の場合は右曲がりの螺旋になる。裏返すことによって左曲がりを右曲がりにできるため、b > 0 に限った定義をすることもある。定義式において形式的に b = 0 とすると、半径 a となる。

定義式は

¥theta=¥frac{1}{b}¥log ¥frac{r}{a}

とも書ける。歴史的には指数関数 よりも対数 の方が先に認知されていたので、「対数螺旋」と呼ばれるようになった。b が正(負)の場合、r が 0 に近付くと θ はいくらでも小さく(大きく)なるので、中心近くでは無限回渦巻いている。

直交座標 における媒介変数 表示として、

x(¥theta) = r ¥cos ¥theta = ae^{b¥theta} ¥cos ¥theta¥,

y(¥theta) = r ¥sin ¥theta = ae^{b¥theta} ¥sin ¥theta¥,

とも表せる。

後述する理由により、対数螺旋とは(ひとつの定数 B のみを用いて)

r=B^¥theta¥,

で定まる曲線である、と定義されることもある。ただし、B は 1 ではない正の数。

性質[編集 ]

対数螺旋の回転は、拡大・縮小と同等の変形である。

本節では、対数螺旋の式は

¥mathbf{r}(¥theta) = (ae^{b¥theta} ¥cos ¥theta,¥,ae^{b¥theta} ¥sin ¥theta)

で与えられているとする。

対数螺旋は自己相似 である。すなわち、任意の倍率で拡大または縮小したものは、適当な回転によって元の螺旋と一致する。例えば、eb 倍に拡大したものは、回転することなしに元の螺旋と一致する。対数螺旋は、拡大・縮小以外にも様々な変換に対する不変性を持つ。例えば、伸開線 および縮閉線 は自分自身に一致する[1]

中心から伸ばした半直線 と螺旋は無限回交わるが、隣り合う交点について、原点との距離の比は一定で eb である。対して、距離の差が一定であるような螺旋がアルキメデスの螺旋 である。

中心から伸ばした半直線と対数螺旋が成す角は一定である。等角螺旋の名はこの性質に由来する。実際、その角 α は

¥alpha=¥arccos ¥frac{¥langle ¥mathbf{r}(¥theta), ¥mathbf{r}'(¥theta) ¥rangle}{¥|¥mathbf{r}(¥theta)¥|¥|¥mathbf{r}'(¥theta)¥|} = ¥arccos ¥frac{b}{¥sqrt{b^2+1}} = ¥arccot b

と計算される。b が正のとき、α は0度から90度の間の角であり、α の余角 90°− α を対数螺旋のピッチ (pitch) という。b が負のときは、α は90度から180度の間の角であり、α − 90° がピッチである。ピッチが大きいほど、螺旋に沿って中心から遠ざかる際に、中心からの直線距離がより速く大きくなる。すなわち、開いた形状になる。ピッチ が0度に近付いた極限は円で、ピッチが90度に近付いた極限は中心から伸びた半直線と見ることもできる。

対数螺旋の形状は巻きの向きとピッチのみ、すなわち b のみによって決まるので、回転による違いを考慮しないならば、対数螺旋とは r = ebθ によって定まる曲線である、と定義してもよい。B = eb とおけば、さらに簡潔な式 r = Bθ で定義できる。

螺旋上の一点から螺旋に沿って中心に向かうと、前述のように無限回渦巻き、中心に辿り着くことはできないが、その道のりは有限である。実際、例えば b が正のとき、中心からの直線距離が r である点 (r cos θ, r sin θ) (ただし、r = aebθ)から中心までの道のりは

¥int_{-¥infty}^¥theta ¥|¥mathbf{r}'(¥theta)¥| d¥theta = ¥frac{a¥sqrt{b^2+1}}{|b|}e^{b ¥theta}=r|¥sec ¥alpha|

と計算される(結論は b が負のときも成り立つ)。

曲率関数

¥chi(¥theta)=¥frac{1}{ae^{b¥theta}¥sqrt{b^2+1}}=¥frac{¥sin ¥alpha}{r}

である。螺旋の見た目からも明らかなように、中心に近付くほど限りなく大きくなり、中心から遠ざかるほど限りなく 0 に近付く。b が正である場合は曲率関数は単調減少 であり、b が負である場合は単調増加である。この性質は進行方向に依らない。

指数関数は、複素数平面 において、実軸にも虚軸にも平行でない直線を対数螺旋に写す。しかも、任意の対数螺旋はそのようにして得られる。実際、指数関数によって

x+iy ¥mapsto e^x ¥sin y+i e^x ¥cos y

と対応するから、直線 x = cy + d (c ≠ 0) 上の点 (x, y) は

(e^d e^{cy} ¥cos y, e^d e^{cy} ¥cos y)¥,

に写る。

同じく複素数平面において、実部と虚部がともに 0 でない定数 k に対する関数 xk は、実軸を対数螺旋に写す。

自然界における対数螺旋[編集 ]

対数螺旋は、自然界のさまざまなところで観察される。例えば、 が獲物に近付くとき、対数螺旋を描いて飛行する。その理由は、獲物を一定の角度で視認するためと考えられる[2] 。同様に、 が花に向かって飛ぶ軌跡も対数螺旋に近い[3]

相似な多角形を連ねていくと、対数螺旋に近い形を描く。

軟体動物 の殻、 の角、 の牙など、硬化する部位で、本体の成長に伴って次第に大きい部分を追加することで成長するような生物の器官において、対数螺旋が観察される[4] 。その理由は、図のように相似で少しずつ大きくなる多角形が次々に形成されていくと、螺旋に近い形が描かれるからであると説明される。成長が連続的となるように各断片を小さくしていくと、その極限図形の境界線はちょうど対数螺旋を描く。ピッチは生物によって異なり、サザエ では約10度、アワビ では約30度、ハマグリ では約50度である[5] 。ピッチが小さい場合は自分自身を巻くことができるので巻貝 に見られ、ピッチが大きいものは大きく口を開けた形の二枚貝アワビカサガイ のようなものに見られる。

渦巻銀河 の渦上腕は、ピッチがおよそ10度から40度の対数螺旋の形状に近い。太陽系 を含む銀河 である銀河系 は、主要な渦状腕を4本持つとされ、そのピッチは比較的小さく、12度ほどと考えられている[6]

なお、同じ渦巻きでもクモの網 に見られる横糸の渦巻きはアルキメデスの螺旋である。巻き貝、あるいはそれ的なものでも、オオヘビガイ のようにあまり太さを増さないままに巻数が多いものはこれに近くなる。

人工物における対数螺旋[編集 ]

紀元前5世紀 に完成したイオニア式 建築の神殿エレクテイオン の柱頭

アルキメデスの螺旋ほどではないが、デカルト やベルヌーイが数学的に解析するよりも前から、自然界に現れる対数螺旋は人々に認識されており、美術作品や建造物に用いられたといわれる。例えば、古代ギリシア の建築様式のひとつ、イオニア式 の柱頭の特徴は、組になった渦巻の飾りであり、対数螺旋に近いものもある[7]

バチカン美術館 の二重螺旋階段

また、レオナルド・ダ・ヴィンチ の設計したバチカン美術館 の二重螺旋階段は、真上から見ると対数螺旋である[8]

近年では、PlayStation 4 の筐体内部の冷却機構に取り入れられ、PlayStation 3 の後期型に比べ特性を大幅に改善した[9]

黄金螺旋[編集 ]

黄金長方形 と黄金螺旋

黄金螺旋 (golden spiral) とは、黄金比 φ に関連した対数螺旋の一種であり、

|b|=¥frac{¥log ¥phi}{¥pi/2} ¥approx 0.30634896253

なる定数 b に対して r = ebθ で与えられるものである。さらに、B = eb とおいて、r = Bθ でも定義される。正の b に対しては

B=¥phi^{2/¥pi} ¥approx 1.358456274

であり、負の b に対しては

B=¥phi^{-2/¥pi} ¥approx 0.736129693

である。黄金螺旋のピッチは約17.03239度である。

オウムガイ の殻の模様は黄金螺旋を描いている、という説は有名である。しかし、その合理的な理由は知られておらず、実際にはオウムガイの殻のピッチは8度から10度であって17度とはかけ離れているなどの、黄金螺旋ではないとの指摘もある[10] [11]


かたち*あそび おもしろ図形 螺旋

 

黄金分割

 

黄金

 

黄金比と正20面体 - 関西学院大学

 

黄金分割 ―自然と数理と芸術と― / アルプレヒト・ボイテルスパッヒャー ...

 

渦巻ができていく・・・黄金螺旋 この螺旋は球とも親戚です | 世界史掲示板 ...

 

夢のもつれの哲学2:黄金比とフィボナッチ数列 はじめの1〜ベンフォード ...

 

不思議な数字:花の生え方はフィボナッチ数列によって ... - Jackと英語の木

このフィボナッチ数は、花の数とも一致します。ユリ3枚、サ クラ、ウメ5枚、コスモス8枚、キク科植物は13枚、21枚、34枚、55枚などあって、いろいろな花の花びらの数となっています。植物の葉っぱも、茎を 中心にして、次第に伸びてゆくことにより、2方向、3方向、5方向、8方向に生えてゆき、自然に葉を重ねずに、太陽の光の対して、光合成の効率を上げるよ うに、フィボナッチ数で出来ています。
| sophiology | 23:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
有機現象体は、ガウス平面(氣的太陽平面)を内在超越的に内包する:氣は現象に内在超越する

JUGEMテーマ:学問・学校
 

有機現象体は、ガウス平面(氣的太陽平面)を内在超越的に内包する:氣は現象に内在超越する


テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合

先に、ガウス平面において、虚軸が陰陽軸、実軸が日光軸、そして、ガウス平面を原点において直交する時間軸(天地軸)を考えた。
 生命現象は、例えば、樹木は原点から時間軸沿いに現象することになる。
 問題は、螺旋的に発現する物質現象である。
 天への方向へ向う上昇する力は何なのか。また、地の底へと下降する力は何なのか。
 両者、生命力と言えよう。現象生命力である。
 有機的生命力である。これは、ほぼ物質的力である。
 では、氣はどこに働いているのか。
 やはり、有機現象体は内在超越的にガウス平面(氣的太陽平面とでも言えよう)を具有しているのであり、それで、氣を「有」していると考えられる。
 そう、三次元空間、正確には、四次元時空間は、氣のガウス平面を内在超越させているのであり、氣を内包していると考えられる。つまり、有機現象の物質力は氣を内包しているということになるのである。もっとも、内在超越的に内包しているといことであるが。
 今は、ざっと指摘するに留める。

参照:

日光と太陽の区別:実軸と実軸を除いたガウス平面を包摂するMP(原点)

テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化

先に、以下(***の下部)のように書いたが、補足したい。
 太陽と日光は別物であるから、区別しないといけない。
日光は既述のようにx軸=実軸でいいだろう。
 しかし、太陽はx軸とy軸のガウス平面を内在する原点(MP:メディア・ポイント)だと思う。ただし、実軸x軸を除いて。


                   虚軸(陰陽軸)
                     陽凸i
                      |
                      |
                      |
                      |
−1_____MP_____+1 実軸(日光軸)
                      |
                      |
                      |
                      |
                     陰凹i


先に書いた上図のMPが太陽の中心になる。太陽総体はこの実軸を除いたガウス平面総体と考えるのである。
 問題は日光である。これは、陰陽イデアを内在超越的に内包するのではないだろうか。
 だから、日光は単純な光、電磁波ではないのである。陰陽イデアという内在超越情報をもっていると考えるのである。
 この陰陽イデア情報が有機体形成の情報になると思われるのである。
 ここでわかりやすくするため、陰陽イデア情報による生命体形成を考える。
 日光を媒介にして、陰陽イデア情報が現象界に伝達されるのである。そして、陰の成分は、例えば、内臓的なものに、そして、陽の成分は骨格的なものになると考えられるのである。
 大雑把に言えば、陰は水的なものであり、陽は鉱物的なものになるのである。わかりやすく便宜的に言えば、陰は内界に、陽は外界になるのである。
 もっとわかりやすく言えば、陰は肚(下丹田)に、陽は頭脳(上丹田)になるのである。そして、MPは胸の心(中丹田)になるのである。
 というように、光ではなく、日光、陽光、太陽光に、生命体の根源があると考えられるのである。
 ただし、日光が包摂する陰陽イデア情報が生命有機体、自然の本質である。
 後で、この陰陽イデア情報の生命有機体化する力学を解明する必要がある。
 
 
***************************

氣⇒日光(太陽)⇒有機体物質:x軸=実軸=日光軸、y軸=虚軸=陰陽軸、z軸=天地軸=時間軸

 

この三次元直交座標で、x軸を実軸、y軸を虚軸、z軸を時間軸とする。x軸とy軸でガウス平面を形成する。
 そして、虚軸=y軸=陰陽軸となる。これが、90°回転して、x軸=実軸の±1を形成する。これが日光である。だから、
x軸=実軸=日光(太陽)軸である。 
 そして、90°回転と同時に、z軸=時間軸が生起する。
 これが、日光を物質化するのである。そう、有機体化である。
結局、z軸=時間軸=有機体軸である。
 結局、ガウス平面とは、氣平面であり、実軸において、太陽となり、視覚化されるのである。
 これで、日光の本体が氣であるということが証明されたと言えよう。
 結局、z軸=時間軸=有機体軸は、x軸=実軸=日光(太陽)軸と同時展開である。そして、xyz軸以外に、空間三次元が発現するということになると考えられる。(ここで、四元数が適用できよう。)
 とまれ、以上のように考えると、氣が根源であるものの、日光(太陽)が有機体の基因であると考えられる。
 初めに、太陽ありき、である。
 いわば、光から物質が生まれるのである。
そして、光は氣から生まれるのである。即ち、

日光(太陽)有機体物質

である。
 暫定的ではあれ、以上から氣から有機体の発生が以前より、明快になったと言えよう。ポイントは、日光が媒体であるということである。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11803090704.html


 

森の氣は心身を賦活する:森の樹木の芽吹きを見つつ、傘さして、小道掃除の森氣浴散策

テーマ:健康&治癒:森気浴:医食同源:小食菜食
花冷えの不安定な天気であったが、日課の森氣浴歩行を行なった。もう、木立の梢は緑が広がってきている。
 
画像

http://matq.at.webry.info/200805/article_1.html

 とまれ、わかってきたことは、森と私の身体は繋がってきているということである。それは、視覚的要素、空気の要素もあるが、氣的媒介に拠ると考えている。
 森の氣によって、私の身体の氣的領域が賦活されると思われる。
 思うに、森の氣のバイブレーションがあり、それが、私の身体の氣的側面にはたらきかけて、活性化すると思う。つまり、身体内の氣が同期して、バイブレー ションを起すように思われる。つまり、共振の法則である。森の氣と私の身体の氣が同期共振するということのように思えるのである。
 そう、氣的電磁波で同期すると言ってもいいだろう。
いいね!
Sun, April 06, 2014

唯物医学・薬学と製薬会社の資金癒着:唯物医学・生命学からの脱皮

テーマ:生命力/氣自衛医智学:唯物機械論医学批判
私は、降圧剤をもらいにいくための通院を止めてしまった。
飲んでも飲まなくて、血圧はほとんど変わらないことがわかったし、お金の無駄であるからだ。また、降圧剤の問題があろう。
 健康観を変革する必要がある。自分の体は自分が守るという自力的健康観が必要である。
 飯山一郎氏のような超自力型健康方法を参考されたい。

少食粗食の修行! 旗
玄米で乳酸菌
飯山一郎のHP


お上は国民の健康を守ってくれない、自分たちで守るしかない! (危険な医と食)〜プロローグ〜
日本を守るのに右も左もない
 
Photo
画像:(読売新聞(ヨミドクター))

<製薬会社>72社 医師や医療機関に年間4827億円提供

 ◇国の医療分野研究開発関連予算の2.5倍

 2013年度に業界団体「日本製薬工業協会」に加盟していた70社と加盟社の子会社2社が、12年度に医師や医療機関に提供した資金の総額が 4827億円に上ったことが分かった。国の医療分野の研究開発関連予算1955億円の2.5倍にも上る。降圧剤バルサルタン(商品名ディオバン)の臨床試 験疑惑で問題になった奨学寄付金は346億円だった。各社が製薬協の新ルールに従って順次公開した金額を毎日新聞が集計した。製薬業界から医師に流れた資 金の全体像が明らかになったのは初めて。(毎日新聞)
[記事全文]

◆製薬業界から医学界に巨額の資金
<製薬会社>72社の資金提供 情報公開ルール化で明らかに - 毎日新聞(4月6日)

◆「奨学寄付金」見直しの動きも
<製薬会社>「奨学寄付金」日本特有の慣行 見直しの動きも - 奨学寄付金は、研究や教育の振興のために提供する建前で大学などの組織に支出するが、会社は贈り先の研究室を指定できる「ひも付き」だ。毎日新聞(4月6日)
いいね!
Sun, April 06, 2014

ロシアがやはり、水瓶座文明になる国だろう:ディオニュソスとアポロの新母権的陰陽調和氣精神

テーマ:日水湖宮(ひみこく);新国名:水瓶座時代 主な惑星/星座/座相の記号
http://www6.ocn.ne.jp/~gero3p/files/kigou.html

=みずがめ座   =うお座

この星座の記号を見られたい。西洋(欧米)文明は魚座(双魚宮)文明であり、二元論である。二元が連続しているように見えよう。(私の理論の用語では、連続的同一性に通じよう。)
 それに対して、水瓶座は、極性の共鳴である。
陰陽論で言えば、陰と陽の共鳴である。知性と感性の共鳴である。
 私は以前、トルストイにはまったことがあるが、彼の肖像写真を見て、一方の目が外界、他方の目が内界を見ていると直観した。
 

http://amihappy.exblog.jp/iv/detail/index.asp?s=8893769&i=200811/09/23/d0007923_9462830.jpg

 そして、19世紀ロシア文学はなにか古代ギリシア文化に似ていると知人(実質、私の哲学の師)に言ったことがある。
 古代ギリシアはニーチェがいみじく説いたように、アポロとディオニュソスの調和の文化である。言い換えれば、陰陽調和文化である。
 思うに、ロシア19世紀に陰陽調和志向が生起したのである。それで、世界的大文学が生まれたと思われる。
 結局、欧米はアポロ性、つまり、自我知性が勝ち過ぎていて、ディオニュソス性、つまり、感性、宇宙氣性が乏しい(というか、抑圧している。もっとも、正確に言うと、アメリカには、潜在的にディオニュソス性があると思われる。しかし、圧倒的に、アポロ的合理主義が支配的である。)のである。
 しかし、ロシアは欧米に通じるアポロをもち、また、ベースのディオニュソスをもっていると思う。
 今日、ロシアに19世紀に出現し、その後20世紀において潜在していたアポロとディオニュソスの、つまり、陰陽の調和が発現し出したと思う。
 これこそ、水瓶座文明に相応しいのである。
 今は忙しいのでざっと言うに留める。

追記:上記の陰陽調和は新母権精神と言えよう。それは、父権的自我を超越した陰陽バランスである。調和的精神、つまり、調和的氣、中丹田的氣によってもたらされる陰陽平衡・均衡である。

追記2:ディオニュソスをわかりやすく言えば、氣である。それは、植物的生命力と言えよう。
 以外にアポロの説明は難しい。陽であるが、おそらく、形態、イメージ、映像を形成する力である。後で検討したい。

 

参照:

ディオニュソスアポロ - 生命の弁証法を目指して -

http://blogs.yahoo.co.jp/bashar8698/37809620.html

アポロとディオニュソス:陽と陰:古代ギリシアと古代日本:陰陽結合 ...

http://d.hatena.ne.jp/antares/20121224

ノストラダムスの予言の「一人の畏怖すべき大王」はグランドクロスで、「アンゴルモアの大王」は風朕?
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11814236321.html

参考:

宝瓶宮時代と占星学 - 宝瓶宮占星学 | 宝瓶宮時代の新しい西洋占星術

 

宝瓶宮時代 : 新しい人類文化史の幕開け

みずがめ座

●第1稿 : 2005年 4月10日アップ
●改訂稿 : 2009年 7月10日アップ
 

西洋占星術の大きな間違い

●上の星図は、黄道13星座の一つ「みずがめ座」を表すイラストです。
春分点の移動に伴い、星座のみずがめ座と、西洋占星術の水瓶宮(宝瓶宮)とは、すでに30度近くも離れてしまいました。
夜空の星座や神話と、西洋占星術のサイン(宮)とは、まったくの別物です。
なので本来、西洋占星術(学)では、正しく「○○宮」とサイン(宮)の呼称で使うのが正解です。
○○座と使うのは、西洋占星術の本質を理解していない大きな間違いなのです。

このサイトでは、夜空の星座は「みずがめ座」とひらがなで、本来の西洋占星術(学)で使うべきサイン(宮)は「水瓶宮」と漢字で、宇宙的時代区分の一つプラトン月(グレートマンス)は「宝瓶宮」と 正統派占星術で使われていた呼称で表記しています。

「宝瓶宮占星学」の根拠となるのが、この宝瓶宮時代です。
宝瓶宮時代の始まりとともに旧い狭義の西洋占星術はその使命を終え、時代の要請によって新しい西洋占星術、すなわち「宝瓶宮占星学」へと生まれ変わっていきます。

《 宝瓶宮時代の幕開け 》

世界は今後、約2,160年間続く「宝瓶宮時代」を迎えました。
宝瓶宮時代を迎えた今日、これまでの価値観や世界の在り方が変わっていくとともに、新しい真実が次々と明らかになっていきます。
それは、超能力などの不思議なパワーや、超常現象の解明も夢ではありません。
なぜなら、水瓶宮(宝瓶宮:ほうへいきゅう)のシンボルマーク「同じ形の上下の波」に象徴される電磁波や宇宙放射線など、目に見えない「波動」の存在や影響力は、宝瓶宮時代において次々と解明され、その活用が広がっていくからです。

One-Point ◆ 西洋占星術を学んでいる人なら、水瓶宮の象意は知っていると思います。もっとも不思議な特質は、見えないものを感じとる能力です。それは水瓶宮のシンボルマークとなっている上下二つの波(波動)によって示され、同じ形(共鳴)によって象わされています。

http://www.aqast.net/500history.html

宝瓶宮占星学
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ノストラダムスの予言の「一人の畏怖すべき大王」はグランドクロスで、「アンゴルモアの大王」は風朕?

JUGEMテーマ:学問・学校


ノストラダムスの予言の「一人の畏怖すべき大王」はグランドクロスで、「アンゴルモアの大王」は風朕?


テーマ:東アジア共同体:ユーラシア新母権共同体
 

アンゴルモア - Wikipedia

この語は、『予言集』(百詩篇 )の第10巻72番 に登場する。その詩の直訳はひとまず以下のようになる(翻訳上のより詳しい問題は第10巻72番 を参照)。

百詩篇第10巻72番(1720年トリノ版) 現在の正書法 とは細部に違いが見られる

1999年7か月、
空から恐怖の大王 が来るだろう、
アンゴルモアの大王を蘇らせ、
マルス の前後に首尾よく支配するために。

信奉者による解釈の歴史[編集 ]

この詩は17世紀前半までの注釈書の類ではまったく言及がなく、20世紀に入るまではほとんど注目されないものであった。よってこの語に関しての解釈も、17世紀になるまで現れてはいない。

なお「恐怖の大王」との関係については、直訳どおりアンゴルモアの大王とされるものが恐怖の大王とされるものによって蘇ると解釈した事例と、後者を前者の比喩とし、恐怖の大王はアンゴルモアの大王の再来のような人物であると看做す事例が混在している。

アングーモワ説[編集 ]

初めてアンゴルモアの解釈に言及したのは、1672年に『予言集』の英仏対訳版を出した医師のテオフィル・ド・ガランシエール であった。彼は、原文を le Grand Roy d'Angoumois と綴った上で、こんな注をつけた。

ここでアングーモワ の大王と呼ばれているのはフランス史上で最も勇敢な君主であったフランソワ1世 である。彼は王となる前はアングレーム 伯の称号で通っていた。詩の残りの部分はわかりやすい。[1]

つまり、アンゴルモアはアングーモワ地方を指すに過ぎず、その大王とは、ヴァロワ=アングレーム家 出身でノストラダムスの青年時代にフランス王の座にあったフランソワ1世を指しているという解釈である。17世紀末の解釈者バルタザール・ギノー は、アンゴルモアに直接言及したわけではなかったが、アンゴルモアの大王は「フランスの大王」の換称とした[2]

1816年にはアングレーム公 の結婚にあわせて出版されたパンフレットで、この詩がとりあげられた[3] 。こうした流れでは、「アンゴルモワの大王」がアングーモワ地方にかかわるフランスの王であることはほぼ自明のこととされていた。

アッティラ説[編集 ]

1930年代にこの詩を解釈したマックス・ド・フォンブリュヌは、アンゴルモワをアングーモワと捉えるところまでは従前の論者たちと同じだったが、位置付けに変更を加えた。彼はアングーモワが古代にフン族 が侵攻した地であることに着目し、「アングーモワの大王」はフン族の王アッティラ を指し、「恐怖の大王がアングーモワの大王を蘇らせる」とは、アッティラが蘇ったと思わせるようなアジア人の指導者に率いられた軍隊がヨーロッパに侵攻するという意味だと解釈した[4] 。この黄禍論的解釈は、フランスの他の解釈者だけでなく、英語圏の論者たちにも踏襲するものが現れた[5]

この解釈は、フォンブリュヌの息子ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ によってほぼそのまま引き継がれた[6] 。息子のフォンブリュヌの解釈書『歴史家にして予言者ノストラダムス』は、1980年代に国際的な大ベストセラーになった[7]

モンゴル説[編集 ]

アッティラ説によって「アンゴルモワ」がアジアからの侵略者という捉え方をする解釈者が現れる中、これはモンゴル を表すアナグラム だと解釈するものたちが現れた。懐疑派であったエドガー・レオニの注釈(1961年)の中にも、Angolmois を Mongolois とする説への言及がある[8] 。アナグラムの仕方には、コリン・ウィルソン のようにMongolians を導き出すものもあったが[9] 、いずれにしてもそこで出てくる「モンゴルの大王」は、「大ハーン 」すなわちチンギス・ハーン の再来を思わせる人物の出現と解釈されていた。

のちには、ルーマニア 出身の解釈者ヴライク・イオネスクのように、アッティラ説とモンゴル説を重ね合わせた解釈を展開するものも現れた[10]

参照:尚、グランドクロスは以下を見られたい。

グランドクロス - Wikipedia

ja.wikipedia.org/wiki/グランドクロス
グランドクロス(Grand Cross)は、西洋占星術におけるグループ・アスペクトの1つで、
黄道十二宮上で4つの惑星が十字型に並ぶ配列を指す。占星術上の意味としては、凶
座相を意味するとされる。 西洋占星術では、地球を挟んで2つの惑星が反対側に並ぶ衝
( ...

 

グランドクロス(Grand Cross)は、西洋占星術 におけるグループ・アスペクトの1つで、黄道十二宮 上で4つの惑星 が十字型に並ぶ配列を指す。占星術上の意味としては、凶座相を意味するとされる。

西洋占星術では、地球を挟んで2つの惑星が反対側に並ぶ (オポジション)と、ある惑星と地球と別の惑星をつないだ角が90度になる (スクエア)が、不吉な星の配置とされている。グランドクロスは、複数の衝とスクエアが同時に発生するためにより一層不吉な配置と見なされる。

ただし特例として、グランドトライン を形成した上に、相生(対極)のエレメントの星座宮に配置された惑星で形成される『カイト・グランドクロス 』がある。

1999年8月のグランドクロス[編集 ]

1999年 8月18日 には、金牛宮 に土星・木星が、獅子宮 に太陽・水星・金星が、天蠍宮 に月・火星が、宝瓶宮 に天王星・海王星がそれぞれ入るという形で、地球以外の7つの惑星と、太陽・月がグランドクロスを形成した(当時惑星に分類されていた冥王星はわずかに外れていた)。

このグランドクロスは、ベストセラーになった五島勉ノストラダムスの大予言 II - 1999年の破滅を不可避にする大十字(グランド・クロス)』(1979年 )で、不安を煽る副題とともに大きく採り上げられていたことから、オカルト 関係ではよく知られていた。

ノストラダムス[編集 ]

五島は、ノストラダムス1999年の詩 と関連付けて紹介した。しかし、ノストラダムスの「7の月」が仮にユリウス暦 の1999年7月 を意味していたとして、暦法の違いを考慮に入れたところで、8月18日は7の月にならない。

実証的な立場で、ノストラダムスが1999年に起こる何らかの天体現象を視野に入れていたとする者には、同年8月11日 の日食を考慮していた可能性を指摘する者はいるが(ピエール・ブランダムール など)、グランドクロスは相手にされていない。



参考:(以下、強調は管理人)

ウラジーミル・プーチン - Wikipedia

1998年5月 にプーチンはロシア大統領府第一副長官に就任した。ここでは地方行政を担当し、地方の知事 との連絡役を務めたが、後にプーチンはこの職務を「一番面白い仕事だった」と振り返っている[22] 。同年7月 にはKGBの後身であるロシア連邦保安庁 (FSB)の長官に就任。この時、ボリス・エリツィン大統領(当時)のマネーロンダリング 疑惑を捜査していたユーリ・スクラトフ 検事総長を女性スキャンダルで失脚させ、首相 だったエフゲニー・プリマコフ のエリツィン追い落としクーデター を未然に防いだ。この功績によりプーチンはエリツィンの信頼を得るようになる。

首相職(1999年)[編集 ]

1999年 、大統領代行就任に伴いボリス・エリツィン (左)からロシア連邦憲法の大統領専用の複写を渡されるプーチン

プーチンはエリツィンによって

1999年8月9日 に第一副首相に任命された(同日セルゲイ・ステパーシン が首相を解任されたためそのまま首相代行に任命)。この時、エリツィンはプーチンを自身の後継者とすることを表明していた[23] 。さらに1週間後の8月16日 には正式に首相に任命される首相に就任するとロシア高層アパート連続爆破事件 をきっかけにして勃発した第二次チェチェン紛争の制圧に辣腕をふるい、「強いリーダー」というイメージを高め国民の支持を獲得した。当時、次期大統領選のプーチンの有力な対抗馬として元首相のプリマコフがいたが、同年12月19日 に行われたロシア下院選挙 で、プーチンを支持する与党 ・「統一」の獲得議席数がプリマコフらによって結党された「祖国・全ロシア 」の議席数を超えてロシア連邦共産党 に次ぐ第二党となったことにより、プーチンは次期大統領の座にさらに近づいた(後にプリマコフは次期大統領選への出馬を断念した)。そして同年12月31日に健康上の理由で引退を宣言したエリツィンによって大統領代行に指名される。

追記;以下も参照されたい。興味深い、次のような日本語訳がある。

『諸世紀』第10巻72

1999年第7番目の月
天から地に落とされし驚愕の大王
アンゴルモアの大王を甦らさんと
その前後にマルスは平和を盾に支配に乗り出す

「マルスは平和を盾に支配に乗り出す」である。プーチンは智将であり、マルス(軍神)である。しかし、平和裡にシリア、ウクライナ問題を解決した。また、プーチンは天秤座生まれで、天秤座は平和の星座である。

 原文では、par bonheurとあるが、これは、直訳では、「幸福によって」である。意訳すれば、「幸福をもって支配(統治)する」となる。幸福を平和と訳していいもの か。しかし、幸福は、当然、当時を考える(ユグノー戦争が1560年に起きた)と、平和を指すだろう。

 また、以下を参考。

http://traduction.sensagent.com/bonheur/fr-ja/

だから、「盛運をもって統治する」とも訳せる。

  1. ノストラダムスの預言の本当の意味(後編) ...

  2. ノストラダムスの預言の本当の意味(中編)

  3. ノストラダムスの預言の本当の意味(前編)




 

氣電磁波を作業仮説する:氣電磁波と電磁波は全く異なる:生命電磁波と純物質電磁波:天の氣と地の氣


テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合 後で検討。


別のことであるが、地の氣と天の氣があるように思えた。もっとも、これは、氣論としては一般的であろうが。
 地の氣は大地から上昇する。それに対して、天の氣は、天から大地へと下降する。
 シュタイナーの説くエーテルは、天の氣ではないだろうか。そして、物質力は地の氣ではないだろうか。
 二つの氣があるのである。大雑把に言えば、陽の氣が天の氣で、地の氣が陰の氣ではないだろうか。
 シュタイナーは天の氣が造形力をもって、物質を形成すると述べている。
 しかし、思うに、物質力は地の氣であり、それは、生命力のように思える。そして、天の氣が働きかけるのかもしれない。
 後で丁寧に考えたい。

ところで、地の氣と天の氣の衝突というか相克はブラームスの交響曲第1番第1楽章に表現されていよう。


 

虫媒花とミツバチ:作業仮説:花の氣的現象集合体的共鳴回路


テーマ:二つの自然:植物と動物:氣と獣欲・煩悩

虫媒花とは不思議である。
 なにか、花とミツバチの間にコミュニケーション(「テレパシー」)があると思えてしまう。
 とまれ、客観的に言うと、他者との交配を目指しているのであり、自分以外の花粉を植物は求めている。
 でも、どうして、自己受粉ではなく、他者受粉なのか。思うに、「純粋培養」は、遺伝的に劣等になるからだろう。おそらく、免疫力が弱くなるのだろう。
 とまれ、まったくの作用仮説であるが、植物の氣の共鳴回路があり、その共鳴回路にミツバチを呼び込むのではないだろうか。
 しかし、氣だけではなく、花の形態、花の蜜、花の香りなどで、ミツバチを誘うと言えよう。
 問題は、何故自家受粉ではなく、他家受粉なのかである。
 これは、花の植物がもつ、集合性、集合体性にあるのではないだろうか。花の共振回路は、花の集合的共振回路ではないだろうか。その集合体内において、花粉を交換して、集合体としての花の植物を生存させていくということではないだろうか。

追記:集合体と言ったが、共同体と呼ぶ方が適切であろう。つまり、花の植物共同体、植物共同体共鳴回路があるということである。
 そして、花の植物共同体にミツバチを引き寄せて、植物ー昆虫ー動物の共同圏を形成するということではないか。
 これを、塵類にあてはめるといいのである。その植物共同圏に塵類も適応すべきなのである。そう、植物ー動物ー塵類大共同圏である。当然、大地、宇宙の自然全体も入ってくる。
 宇宙自然大地ー植物的大生命共同圏の形成が必要である。

 
追記2:以前の理論での視点が興味深い。つまり、花とミツバチの関係は、不連続的差異共振ということになるのである。
 つまり、花とミツバチは互いに不連続的差異であり、それが、共振共鳴するのである。
 でも、このように考えると、その力学を明確にする必要がある。これは、検討課題である。

 
2014/04/03(木) ハニービー・ホリック(蜜蜂狂、または養蜂中毒)
生態系を修復! という大義名分もあるし
日本蜜蜂1
ニホンミツバチは「草花」よりも「木に咲く花」が好きだ。
森の樹木の花の受粉を促進するのがニホンミツバチで、結果、自然環境や生態系が活性化する=森が元気になる。

「もし、ミツバチがこの地球上から消え去ったならば、人間社会は4年後には崩壊してしまうであろう。
ミツバチがいなくなる。すると受粉が出来なくなる。そして、植物が死に、すべての動物が死に絶えて行く。
人間も消え行く運命をたどる。」 (アルバート・アインシュタイン) (記事)
上の文章を『文殊菩薩』に書いたら、「がんばれ! 応援する!」 と、沢山の声援をいただいた。いささかプレッシャーを感じる (笑)

それにしても、最近は、ミツバチがブームになっていて…、ニホンミツバチの蜂蜜が免疫力をアップさせるというので、蜂蜜の売れ行きが凄い。

あと、花粉症が治った!という報告も多い。
これは花粉を大量に運ぶミツバチが、「花粉による過剰反応」を軽くする成分を蜂蜜のなかに生成しているの鴨。

あ、昨夜は、ニホンミツバチを増やすのに夢中になった鷲の仲間(志布志市の大物)が、夜になっても家に帰ってこない!という連絡が家族から入った。

分蜂したニホンミツバチが入った巣箱を志布志市の郊外(携帯の電波が弱い山の中)に移動させていたらしい(ミツバチが入った巣箱の移動は夜中にヤル)。

本日は、古い巣箱を乳酸菌液のなかにドブ漬けする「乳酸菌消毒」の日だ。

乳酸菌の強力な酸(強酸)で、病原菌や病原性ウイルスを殺してしまおう!という作戦だ。養蜂が好きな志布志の爺さんたちが沢山あつまってくる…。

ニホンミツバチを飼う…。こんなに忙しい趣味だとは思わなかった。
飯山一郎のHP
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陰陽未分化と陰陽即非極性:陰傾斜の母権精神と陽傾斜の父権精神の弁証法から不連続的陰陽調和論へ

JUGEMテーマ:学問・学校
 

陰陽未分化と陰陽即非極性:陰傾斜の母権精神と陽傾斜の父権精神の弁証法から不連続的陰陽調和論へ


テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化
 
PS陰陽論において、太極と太一を分けている。
 太極は陰陽未分化であり、太一は陰陽分化である。しかしながら、太一は、一(いつ)の氣であり、且つ、陰陽分化極性をもつと考えている。
 問題は、後者である。それは、分化とは言え、同時に、一(いつ)なのである。つまり、非分化様態なのである。分化、且つ、非分化の、いわば、即非様態にあるのである。
 そう、この太一の陰陽非分化を未分化と呼ぶことはできない。何故なら、未分化とはまだ、陰陽の区別がないからである。それに対して、太一においては、陰陽の区別があり、極性をなし、その極性は一(いつ)の様態をもつのである。言い換えると、二一原理なのである。
 これでいちおう整理できたが、問題は、量子論の場の理論である。主客非分化の問題である。つまり、不確定性の原理の問題である。
 主を陽、客を陰とすると、確かに、陰陽の区別はあるが、同時に、非分化なのである。だから、主客非分化は存在すると言えよう。ただし、それは、主客未分化ではないのである。この点は混同されてはいけない。
 ただ、これまで述べたように、量子論は、PS陰陽論から言うと、ガウス平面の実軸、実次元でだけ考えていて、虚軸、虚次元、つまり、陰陽次元で考えていないのが問題なのである。つまり、氣の次元が看過されているのである。
 だから、量子論では、氣と物質が混同されていて、曖昧になっていると思われるのである。
 例えば、長距離相関の問題であるが、それは、虚軸、虚次元、氣=陰陽次元を考えると、明確になるだろう。虚軸においては、陰陽は一であるから、それが実次元において、長距離離れていても、超越的に陰陽(「量子」)は相互反応するのである。
 だから、量子論における非分化であるが、それは、虚軸、虚次元、陰陽次元(氣次元)、超越次元(内在超越次元)が明確にされていないので、曖昧な性質をもっていると考えられる。
 さて、次に、人間の精神の問題を考えると、太極=陰陽未分化と太一=陰陽非分化があり、複雑である。
 太極=陰陽未分化とは、端的に、混沌、カオスである。
そこから、太一=陰陽非分化(極性と一の即非)の宇宙、コスモスが生まれるのである。
 問題は無意識を含めて、人間の精神において、太極と太一はどういう構成になっているのかということである。
 私が例えば、「私は樹木と一である」と感覚した場合、それは、太極の陰陽未分化の様態なのか、それとも、太一の陰陽非分化の様態なのかということに関わると考えられる。
 「私は樹木と一である」というのは、後者であると考えれる。つまり、その場合、「私」は「私」であり、「樹木」は「樹木」であり、両者は区別される存在 である。つまり、主客の分離がそこにはあるのである。それと同時に、「私は樹木と一である」ということが成り立つのである。
 区別と一が同時生起事象なのである。正に、即非事象である。
 これは、陰陽非分化、主客非分化である。もっとも、正確に言えば、分化且つ非分化の即非であるが。
 では、前者はどういう場合なのか。それは、「私が樹木と融合する」という場合ではないだろうか。「私」と「樹木」は区別されないのである。
 これは、病的な様態と言えよう。
 思うに、陽が欠落して、陰が強化されるとこうなるのではないだろうか。
 そうならば、陰が極大化したとき、つまり、太陰になったとき、陰陽未分化が生起するのではないだろうか。
 また、逆に、陽が極大化したとき、「太陽」になったときは、陰陽絶対分化が起こり、結局、二元論が生起するのではないだろうか。
 そうすると、太極の陰陽未分化=混沌とは、実は、太陰状態のことなのではないのかと思われるのである。
 ならば、初めに、太極=陰陽未分化=混沌(カオス)ではなく、太一=陰陽即非極性=秩序(コスモス)があるのではないだろうか。
 そう、太極とは実は、太一のことなのではないだろうか。
つまり、太極=太一=陰陽即非極性ではないだろうか。
 今はここで留める。

追記:少し補足する。
 陰の極大としての太陰と陽の極大としての太陽であるが、後者が混同されるので、前者を極陰、後者を極陽と呼ぶ。もっとも、以前そうしたのではあるが。
 補足と言ったが、論の発展になる。
 結局、人類精神史に関わるのである。即ち、母権・母系制の文明時代、これは新石器時代はもとより、旧石器時代にも関係しようが、今の父権文明よりはるかに長期の文明時代であるが、これは、陰陽から言うと、陰に傾斜した精神文明だと思われる。
 問題は、精神の根源である。
 上で、私は、根本は陰陽未分化混沌ではなく、太一=陰陽即非極性=秩序(コスモス)があるのではないかと述べた。
 それから、考えると、結局、精神には、陰陽調和点があるのである。ガウス平面では、原点(MP:メディア・ポイント)がそれに当たるのである。
 そして、母権文明の精神において、陰陽様態が陰に傾斜していると考えるが、そのとき、陰陽調和点が陰といわば、癒着していて、つまり、連続化していて、いわば、未分化様態が発生しているように思えるのである。
 しかしながら、陰陽調和点は、陰陽即非性をもつのであるから、母権文明精神は、陰陽未分化と陰陽即非性の連続態にあるように思える。
 陰陽未分化はいわば、今日から見れば、病理的である。あるいは、未開的である。
 しかしながら、陰陽調和点の即非性は、いわば、未来的である。つまり、母権文明精神は今日から見て、消極的なものと積極的なものが未分化融合していると考えられる。
 次に、母権文明を滅ぼした父権文明、つまり、今日の崩壊しつつある文明(とりわけ、西洋文明)であるが、それは、陽に傾斜した文明であると考えられる。極陽の文明である。特に、ユダヤ教の一神教がそのようなものである。
 とまれ、母権文明に対する父権文明の勝利は、ギルガメシュ叙事詩 に浮き彫りにされている。
 森の母権文明が都市の父権文明に滅ぼされるのである。
 とまれ、人類精神史的にもっとも重要な点は、母権精神にあった陰陽調和点が、父権精神によって排除されたことではないだろうか。
 そう、『ギルガメシュ叙事詩』はまだ、母権精神の残照があるのであり、母権精神の完全な否定は、バビロニア神話あるいはメソポタミア神話 にある。
 母なる神のティアマトマルドゥク が滅ぼすのであり、その心臓を太陽に捧げるのである。
 そう、この母なる神殺しは、母権精神の完全否定、つまり、上述したように、陰陽調和点の否定と考えられるのである。
 少し丁寧に言えば、母権精神の陰傾斜+陰陽調和点の否定が生じたと考えられるのである。
 確かに、陰陽未分化的精神が否定されたのは、進歩であるが、同時に、陰陽調和点を否定したのは、恐ろしいことなのである。何故なら、人類の精神の根源界に通じる精神的通路を閉ざしたからである。(ここにおいて、超越神の宗教、啓示宗教が起ることになるのである。)
 さて、今日、父権文明のどん詰まり状態に生きているわけであるが、また、新母権文明の曙光が見え始めた時代に生きているわけでもあるが、とは言え、日本 は暗黒の度合いを増長させているが、新母権文明の精神は当然、過去の母権文明の精神を何らかの形で取り戻すことになるのである。つまり、母権精神ルネサン スである。
 しかしながら、上述したように、母権精神は否定的なものと肯定的なものの混淆であり、そのまま新生させることは混乱である。また、反動である。
 ポイントは当然、陰陽調和点を新生させることである。そして、陰に傾斜した陰陽未分化精神は否定すべきである。
 思うに、ここで、PS陰陽論の前身である不連続的差異論の画期的意義があると思う。
 即ち、陽傾斜による自我(陽自我、頭脳自我)のもつ連続的同一性を切断して、陰陽の極性を取り戻すことである。
 これが第一歩である。そして、次に、分化された陰陽に、陰陽調和点を中心にして、均衡をもたらすようにはたらきかけるのである。これは、心身修行である。
 この陰陽調和点は、胸の中丹田にあると考えている。そこにおける氣の美感を中軸にして、陰陽(下丹田・肚と上丹田・頭)のバランスを形成するように生活するのである。
 そう、旧い母権精神の復活だと陰中心になり、陰陽未分化の退行が起ってしまい、劣化・退化となるだろう。
 胸・中丹田の氣の美感を中心にして、新たに陰陽均衡を形成するのである。これが、新母権精神の形成である。(また、これこそ、真の個の形成でもある。)
 結局、問題は、父権精神が母権精神を否定して形成されたために、単に陰傾斜の陰陽未分化精神だけでなく、根源に通じる陰陽調和点までも否定したことであ り、このために、父権精神は病理的ないし反動的になり、狂気・暴力的になっているのであり、戦争、破壊を好むようになっていると考えられるのである。
 しかし、父権精神を乗り越えようとし、母権精神を取り戻そうとすると上記のことが生じるのである。反動化が起るのである。何故なら、旧い母権精神には、陰傾斜の陰陽未分化の退行的様態があるからである。
 だから、とにかく、上述したように、先ずは、陰陽切断である。連続化している精神を陰陽に切断することなのである。陰のもつ不連続性を肯定することなのである。これが第1段階である。
 そして、第2段階は上述した通りである。
 この方法、いわば、不連続的陰陽調和形成によって、退行的な陰傾斜の陰陽未分化様態は抑えられるのである。
 最後の一言、日本人の精神病理について言うと、陽に傾斜してしまっていて、そう、ほぼ極陽と言えるほどであり、陰が排除されている。これは、うつ病等の精神病を引き起こすと思われる。
 精神の治癒のためには、陰・肚を取り戻すことである。それから、陰陽調和を取り戻さないといけない。
 思うに、消費税増税で貧乏人が増加するが、思うに、これを田園回帰のきっかけとしたい。田舎は高齢者が多く、農業は正に滅びんとしているのである。
 都会・都市を捨てて、田舎に回帰するのは、日本、日本人の復活に通じよう。田園には、氣があるのである。氣とともに、生活すべきである。日本母権民族の復興となろう。
 
 
周敦頤太極図説 』に描かれた最初の太極図朱子学 によって重視された。
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プーチニズムはPS陰陽論と共通:多様な不連続的差異(世界の国々)を共立共鳴させる多様共同体文明論

プーチニズムはPS陰陽論と共通:多様な不連続的差異(世界の国々)を共立共鳴させる多様共同体文明論


テーマ:東アジア共同体:ユーラシア新母権共同体
 
以下のプー チン氏の言葉は、普通の欧米批判に聞こえるかもしれないが、これは、プーチン氏の慧眼である。近代を乗り越えている視点なのである。これは、哲学的には広 義のポスト構造主義になるが、私の視点では、トランス・モダン(超越近代)の見方である。欧米文明は、自己同一性を他者(世界)に押しつけてきたのであ る。それが、植民地主義、帝国主義、そして、グローバリズム(米国覇権帝国主義)である。
 それをプーチン氏は批判しているのである。彼の哲学は、差異の哲学、それも、不連続な差異(世界の国々)の哲学であり、それらを共立(共生)させることを狙っているのである。
 これは、実は、PS陰陽論と同じ考え方である。多様な不連続な差異を共鳴させる多元共同体の哲学なのである。


追 記:一見、プーチン氏の発想は、ボルシェビキの社会主義を想起するが、まったくそうではない。社会主義は同一性主義なのである。自己モデルを押しつける主 義なのである。それに対して、プーチ二ズム(造語)は、他者(世界の国々)を尊重し、自己との共立共生共創を志向しているのである。正に、脱西洋の新文明 の哲学である。

強気の露「G8にしがみつかない」 世界の多極化さらに推進へ
 

 プーチン氏は昨年末の年次教書で、「より進歩的といわれる発展モデルを他の国々に押しつける試みが実際には退化、蛮行、大量の流血へと至る」と強調。米欧主導の世界秩序の構築に反発を示してもいた。

 ロシアは今後、G20やBRICSの枠組みに加え、中国が加盟する上海協力機構や、旧ソ連圏の結束を固める「ユーラシア連合」に重点を置いて対露制裁の波及を最小限にとどめ、むしろ欧米から孤立する状況を活用し、反欧米諸国の結束を図っていく可能性がある。

 ロシアの保守派専門家からは「ロシア抜きのG7の枠組みは今後、廃れていくだろう。むしろ困るのは欧米の方だ」との強気の声が出ている。

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氣と物活論と物質科学:PS陰陽科学仮説と物活論の相違・類似点:氣的有機体と活物は似て非なる

氣と物活論と物質科学:PS陰陽科学仮説と物活論の相違・類似点:氣的有機体と活物は似て非なる


テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化

ある文献を読んでいたら、hylozoism(ハイロゾイズム)という耳慣れないというか、おそらく初めて見る言葉に出会った。それは、何と、物活論ということで、これは、いわば、古めかしい考え方であるが、よく考えると、氣のサイエンスに通じる視点である。
 簡単に言えば、「物」に生命を認める視点である。しかし、問題は、「物」なのである。私は氣的物質と純粋物質を分離する仮説をとっている。だから、物活論の視点では、二つの物質に生命力を認めることになろう。
 私の氣科学仮説は、氣的物質において、生命を認めるのであり、純粋物質には生命を認めないのである。この点で、氣科学仮説と物活論は異なるように思う。もっとも、物活論すべてを否定するわけではなく、たいへん貴重な視点と思う。すっかり忘れていた視点である。
 とまれ、今簡単にPS陰陽氣科学(仮に私の仮説をこう呼ぶ)と物活論を比較すると、前者のガウス平面(陰陽平面)の原点=MP(メディア・ポイント)に おいて、氣と生命有機体との接点が存する。ここにおいて、有機物質体は生命を具有するのである。しかし、生命の根源はあくまで陰陽氣であり、有機体の物質 自体にはない。
 陰陽氣が生命体を構成形成し、駆動させていると見るのである。
 とまれ、氣的有機体(生命体)においては、確かに、物活論的な様態が存すると思われる。そう、氣的身体はほぼ物活論的身体と言えるだろう。
 ということで、PS陰陽氣科学仮説と物活論の相違・類似点をざっとあげてみた。

参照:

日光と太陽の区別:実軸と実軸を除いたガウス平面を包摂するMP(原点)

テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化 先に、以下(***の下部)のように書いたが、補足したい。
 太陽と日光は別物であるから、区別しないといけない。
日光は既述のようにx軸=実軸でいいだろう。
 しかし、太陽はx軸とy軸のガウス平面を内在する原点(MP:メディア・ポイント)だと思う。ただし、実軸x軸を除いて。


                   虚軸(陰陽軸)
                     陽凸i
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−1_____MP_____+1 実軸(日光軸)
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                     陰凹i


先に書いた上図のMPが太陽の中心になる。太陽総体はこの実軸を除いたガウス平面総体と考えるのである。
 問題は日光である。これは、陰陽イデアを内在超越的に内包するのではないだろうか。
 だから、日光は単純な光、電磁波ではないのである。陰陽イデアという内在超越情報をもっていると考えるのである。
 この陰陽イデア情報が有機体形成の情報になると思われるのである。
 ここでわかりやすくするため、陰陽イデア情報による生命体形成を考える。
 日光を媒介にして、陰陽イデア情報が現象界に伝達されるのである。そして、陰の成分は、例えば、内臓的なものに、そして、陽の成分は骨格的なものになると考えられるのである。
 大雑把に言えば、陰は水的なものであり、陽は鉱物的なものになるのである。わかりやすく便宜的に言えば、陰は内界に、陽は外界になるのである。
 もっとわかりやすく言えば、陰は肚(下丹田)に、陽は頭脳(上丹田)になるのである。そして、MPは胸の心(中丹田)になるのである。
 というように、光ではなく、日光、陽光、太陽光に、生命体の根源があると考えられるのである。
 ただし、日光が包摂する陰陽イデア情報が生命有機体、自然の本質である。
 後で、この陰陽イデア情報の生命有機体化する力学を解明する必要がある。
 
 
***************************

氣⇒日光(太陽)⇒有機体物質:x軸=実軸=日光軸、y軸=虚軸=陰陽軸、z軸=天地軸=時間軸

 

この三次元直交座標で、x軸を実軸、y軸を虚軸、z軸を時間軸とする。x軸とy軸でガウス平面を形成する。
 そして、虚軸=y軸=陰陽軸となる。これが、90°回転して、x軸=実軸の±1を形成する。これが日光である。だから、
x軸=実軸=日光(太陽)軸である。 
 そして、90°回転と同時に、z軸=時間軸が生起する。
 これが、日光を物質化するのである。そう、有機体化である。
結局、z軸=時間軸=有機体軸である。
 結局、ガウス平面とは、氣平面であり、実軸において、太陽となり、視覚化されるのである。
 これで、日光の本体が氣であるということが証明されたと言えよう。
 結局、z軸=時間軸=有機体軸は、x軸=実軸=日光(太陽)軸と同時展開である。そして、xyz軸以外に、空間三次元が発現するということになると考えられる。(ここで、四元数が適用できよう。)
 とまれ、以上のように考えると、氣が根源であるものの、日光(太陽)が有機体の基因であると考えられる。
 初めに、太陽ありき、である。
 いわば、光から物質が生まれるのである。
そして、光は氣から生まれるのである。即ち、

日光(太陽)有機体物質

である。
 暫定的ではあれ、以上から氣から有機体の発生が以前より、明快になったと言えよう。ポイントは、日光が媒体であるということである。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11803090704.html
 

科学者はオカルト現象とどう向き合えばよいのか - システム論ブログ ...

www.systemicsblog.com/ja/.../history_of_electromagnetic_theory/
注]物活論(hylozoism)とは、物質を意味するギリシャ語のヒュレー(ὕλη)と生命を意味
するギリシャ語のゾーエー(ζωή)から作られた造語で、狭義には、万物に霊魂を認める
ギリシャ哲学の立場を示す。似た用語にアニミズム、生気論、唯心論があるが、意味は
...

 

奥村大介「ささめく物質――物活論について」を読んで - 物語文化と科学 ...

sanishi.hatenablog.com/entry/2014/01/09/105935
2014年1月9日 ... 奥村氏の「ささめく物質――物活論について」(以下、物活論)は、著者自身が最後の章「
物たちのささめき」で論攷の要所をまとめています。また、ツイッターでのユーザー名、
あさみれい氏が「物活論」について既に評しています(以下、リンクから ...

 

物活論と原子論

https://ir.lib.osaka-kyoiku.ac.jp/dspace/bitstream/.../2435/1/BK20_p23.pdf
解 題. つぎに掲げたテクストと翻訳は、ベルクソン (HenriBergson, 1859-1941)の
講義録「物活論. ア グ レ ガ シ ヨ. と原子論J である。 1881年に高等教授資格をとった
ベルクソンは、クレルモン=フェランのブレー. ズ=パスカル校(1883-88年)、パリのアンリ
回世 ...

 

物活論」と「形態発生」:先端芸術表現に見られる意味 ... - 名古屋造形大学

www.nzu.ac.jp/~lib/.../fc7c19a66fcac3b84ba52f82a09dc820.pdf
に始まり、その後、磁力や重力の発見に象徴される近代の科学. 成立の時点まで続いた
物活論の系譜にも見ることができる。また. 生物学で論じられる形態発生論も、生命活動
によって、有機的な. 形態が生じることに注目することで、生命と物質のあり方を考察す.

 

古代ギリシアの7賢人・ターレス - Biglobe

www5f.biglobe.ne.jp/~mind/vision/es001/sevens.html
こういった、物質の内部に生命力の存在を認める思考を『物活論(hylozoism)』と呼ぶが
、ミレトス学派の哲学者達は物活論を前提として自然界を眺めていたので ... そして、
世界に存在する全てのものは、水が生成変化することによって生じると考えたのである。

 

Hylozoism - Wikipedia, the free encyclopedia

en.wikipedia.org/wiki/Hylozoism
Hylozoism is the philosophical point of view that all matter (including the universe
as a whole) is in some sense alive. This may include the view that "inanimate"
matter has latent powers of abiogenesis, a widely held position in the scientific ...

 

hylozoism (philosophy) -- Encyclopedia Britannica

www.britannica.com/EBchecked/topic/279309/hylozoism
hylozoism, (from Greek hylē, “matter”; zōē, “life”), in philosophy, any system that
views all matter as alive, either in itself or by participation in the operation of a
world soul or some similar principle. Hylozoism is logically distinct both from early
...






 


−1を物質性=外面性、+1を精神性=内面性、MP(原点)を氣的中点と見る


テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化
 

                   虚軸(陰陽軸)
                     陽凸i
                      |
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−1_____MP_____+1 実軸(日光軸)
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                     陰凹i

上図において、虚軸を90°左回転すると実軸になるが、陽凸i→−1、陰凹i→+1になる。
 −1は外的様態、+1は内的様態になるのではないだろうか。
 人体で言えば、−1が骨格(頭蓋骨、背骨)であり、+1が内臓である。
 そして、中点のMP(原点)は両者の媒介点になるのではないだろうか。陰陽調和点ないし中丹田であり、極性の均衡点であり、形而上学的一(いつ)に通ずる点である。
 また、以下の図等に関連して言うと、


氣⇒日光(太陽)⇒有機体物質:x軸=実軸=日光軸、y軸=虚軸=陰陽軸、z軸=天地軸=時間軸

 

この三次元直交座標で、x軸を実軸、y軸を虚軸、z軸を時間軸とする。x軸とy軸でガウス平面を形成する。
 そして、虚軸=y軸=陰陽軸となる。これが、90°回転して、x軸=実軸の±1を形成する。これが日光である。だから、
x軸=実軸=日光(太陽)軸である。 
 そして、90°回転と同時に、z軸=時間軸が生起する。
 これが、日光を物質化するのである。そう、有機体化である。
結局、z軸=時間軸=有機体軸である。


x軸=実軸=日光軸が現象の基盤となるが、思うに、例えば、植物であるが、原点(MP)に言わば、種子があり、そこから、発芽するように思う。
 即ち、陰陽の二分化がここで発現して、例えば、双葉が形成されると思うし、また、原点(MP)においては芽自体が存すると思う。つまり、原点(MP)において、陰陽の三位一体が発現すると思うのである。図像的には神話におけるポセイドン三叉槍(トリアイア)♆の上半分を参照するといいだろう。真ん中の↑が芽であり、左右の↑↑が双葉である。
 このように三一形態がわかりやすいが、他の形態はどのような力学に拠るのか問題である。
 簡単に説明するならば、陰陽振動の差異によって、多様な形態が成形されるということになる。
 今は振動を使わずに説明したいと思う。
 思うに、陰陽和音のようなものがあると思う。その法則によって、多様な形態、とりわけ、多角形が形成されるのではにあだろうか。陰陽和音とは自然のもつ調和的階調である。それは、音楽で明らかなものである。
 後でさらに検討したい。




 

聖書の神を脱構築する:唯一神は太一、陰陽の一(いつ)の氣、ないし太極になる


テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化
 
世界樹木神話/八坂書房

¥3,990
Amazon.co.jp
「あらゆる伝承において、唯一の神というものは論理的必然からいって両性具有であり、どのような創造も神の自己分裂によってしか始まりえず、性の分化や男性(あるいは女性)の陪神の出現によって、一つのものが二つになるのである。」 429〜430頁

著者ジャック・ブロスはユダヤ神秘主義のカバラのセフィロトの樹(生命の樹)について、次のように、新鮮な説明をしている。
 なお、ケテルは私の仮説の実軸=日光軸に、そして、男性原理は陽、女性原理は陰、そして、中央の軸は、天地軸=時間軸に相当するかもしれない。
 あるいは、−1が男性原理で、+1が女性原理となるかもしれない。しかし、基本的構造は同じと言えよう。


【この根源的な両性具有は男性原理が唯一支配的だった族長制社会から出た聖なる文書である『創世記』の中では、ぼかされてしまっているがーーといっても完 全に消去されてしまったわけではなく、ある程度すけて見えるーー、後代のヘブライの伝承の中で、「セフィロトSephrothの樹」とよばれるカバラの秘 教的な図像にはっきりと見てとることができる。それは、いかなる説明も不可能な名前のない「精神」、絶対の「無」から発し、一段一段徐々に段階を降り物質 にまで至る創造的な「力」の諸々の「流出」の過程を表わしたものである。光源、それゆえすでに姿が現われたもの、すなわち、あらゆる発現の源である根源的 なセフィラSephirah、つまりケテルKetherからーーこれは種子として表わされ、そこから「セフィロトの樹」の幹は伸びているーー二本の枝が生 えている。右の枝は万物の父であり男性原理を示すアッバAbbaすなわち「大いなる父」であり、左の枝はアイマAima〔iはウムラウトする〕すなわち大 いなる「母」である。これら二本の枝の間からは、すべてを統合する天の道であり、平衡軸でもある幹が伸びている。「しかも最後のセフィラは、世界創造とい うドラマツルギーの中で卓越した役割を担うよう要請されており、『母』あるいは『女王『』や『産婆』さらには『花嫁』などをも意味するシェキナー Schekinahと名づけられている。】(430〜431頁)

参考:

セフィロトの樹」の解釈(その1)

 

http://kojiki.imawamukashi.com/j01kosatu/treeoflife01.html

参照:
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11805081122.html

日光は既述のようにx軸=実軸でいいだろう。
 しかし、太陽はx軸とy軸のガウス平面を内在する原点(MP:メディア・ポイント)だと思う。ただし、実軸x軸を除いて。


                   虚軸(陰陽軸)
                     陽凸i
                      |
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−1_____MP_____+1 実軸(日光軸)
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                     陰凹i


先に書いた上図のMPが太陽の中心になる。太陽総体はこの実軸を除いたガウス平面総体と考えるのである。
 問題は日光である。これは、陰陽イデアを内在超越的に内包するのではないだろうか。
 だから、日光は単純な光、電磁波ではないのである。陰陽イデアという内在超越情報をもっていると考えるのである。
 この陰陽イデア情報が有機体形成の情報になると思われるのである。
 ここでわかりやすくするため、陰陽イデア情報による生命体形成を考える。
 日光を媒介にして、陰陽イデア情報が現象界に伝達されるのである。そして、陰の成分は、例えば、内臓的なものに、そして、陽の成分は骨格的なものになると考えられるのである。
 大雑把に言えば、陰は水的なものであり、陽は鉱物的なものになるのである。わかりやすく便宜的に言えば、陰は内界に、陽は外界になるのである。
 もっとわかりやすく言えば、陰は肚(下丹田)に、陽は頭脳(上丹田)になるのである。そして、MPは胸の心(中丹田)になるのである。
 というように、光ではなく、日光、陽光、太陽光に、生命体の根源があると考えられるのである。
 ただし、日光が包摂する陰陽イデア情報が生命有機体、自然の本質である。
 後で、この陰陽イデア情報の生命有機体化する力学を解明する必要がある。)
 
***************************

氣⇒日光(太陽)⇒有機体物質:x軸=実軸=日光軸、y軸=虚軸=陰陽軸、z軸=天地軸=時間軸

 

この三次元直交座標で、x軸を実軸、y軸を虚軸、z軸を時間軸とする。x軸とy軸でガウス平面を形成する。
 そして、虚軸=y軸=陰陽軸となる。これが、90°回転して、x軸=実軸の±1を形成する。これが日光である。だから、
x軸=実軸=日光(太陽)軸である。 
 そして、90°回転と同時に、z軸=時間軸が生起する。
 これが、日光を物質化するのである。そう、有機体化である。
結局、z軸=時間軸=有機体軸である。
 結局、ガウス平面とは、氣平面であり、実軸において、太陽となり、視覚化されるのである。
 これで、日光の本体が氣であるということが証明されたと言えよう。
 結局、z軸=時間軸=有機体軸は、x軸=実軸=日光(太陽)軸と同時展開である。そして、xyz軸以外に、空間三次元が発現するということになると考えられる。(ここで、四元数が適用できよう。)
 とまれ、以上のように考えると、氣が根源であるものの、日光(太陽)が有機体の基因であると考えられる。
 初めに、太陽ありき、である。
 いわば、光から物質が生まれるのである。
そして、光は氣から生まれるのである。即ち、

日光(太陽)有機体物質

である。
 暫定的ではあれ、以上から氣から有機体の発生が以前より、明快になったと言えよう。ポイントは、日光が媒体であるということである。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11803090704.html


追記:回転であるが、回転の後に逆 回転を考えたが、そうではなく、回転を続けるとも考えられよう。初め、虚軸90°左回転で、実軸になる。その後、さらに90°左回転で、新たに反対の虚軸 になる。これでも、死滅になるだろう。そう、この方が死滅として的確であろう。最初の虚軸は、いわば、誕生、出生であり、第1回目の90°左回転は、生命 現象の発現であり、第2回目の90°左回転における虚軸を死、死滅と見ると、最初の虚軸と釣り合い適切であろう。そして、第3回目の90°左回転における 実軸は、いわば、復活、新生・再生と見られるのではないだろうか。
 では、第4回目の90°左回転における虚軸は何を意味するだろうか。それは、再度の死、死滅であるが、原点回帰である。原母界への回帰ではないだろうか。


 
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−1を物質性=外面性、+1を精神性=内面性、MP(原点)を氣的中点と見る


−1を物質性=外面性、+1を精神性=内面性、MP(原点)を氣的中点と見る


テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化
 

                   虚軸(陰陽軸)
                     陽凸i
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−1_____MP_____+1 実軸(日光軸)
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                     陰凹i

上図において、虚軸を90°左回転すると実軸になるが、陽凸i→−1、陰凹i→+1になる。
 −1は外的様態、+1は内的様態になるのではないだろうか。
 人体で言えば、−1が骨格(頭蓋骨、背骨)であり、+1が内臓である。
 そして、中点のMP(原点)は両者の媒介点になるのではないだろうか。陰陽調和点ないし中丹田であり、極性の均衡点であり、形而上学的一(いつ)に通ずる点である。
 また、以下の図等に関連して言うと、


氣⇒日光(太陽)⇒有機体物質:x軸=実軸=日光軸、y軸=虚軸=陰陽軸、z軸=天地軸=時間軸

 

この三次元直交座標で、x軸を実軸、y軸を虚軸、z軸を時間軸とする。x軸とy軸でガウス平面を形成する。
 そして、虚軸=y軸=陰陽軸となる。これが、90°回転して、x軸=実軸の±1を形成する。これが日光である。だから、
x軸=実軸=日光(太陽)軸である。 
 そして、90°回転と同時に、z軸=時間軸が生起する。
 これが、日光を物質化するのである。そう、有機体化である。
結局、z軸=時間軸=有機体軸である。


x軸=実軸=日光軸が現象の基盤となるが、思うに、例えば、植物であるが、原点(MP)に言わば、種子があり、そこから、発芽するように思う。
 即ち、陰陽の二分化がここで発現して、例えば、双葉が形成されると思うし、また、原点(MP)においては芽自体が存すると思う。つまり、原点(MP)において、陰陽の三位一体が発現すると思うのである。図像的には神話におけるポセイドン三叉槍(トリアイア)♆の上半分を参照するといいだろう。真ん中の↑が芽であり、左右の↑↑が双葉である。
 このように三一形態がわかりやすいが、他の形態はどのような力学に拠るのか問題である。
 簡単に説明するならば、陰陽振動の差異によって、多様な形態が成形されるということになる。
 今は振動を使わずに説明したいと思う。
 思うに、陰陽和音のようなものがあると思う。その法則によって、多様な形態、とりわけ、多角形が形成されるのではにあだろうか。陰陽和音とは自然のもつ調和的階調である。それは、音楽で明らかなものである。
 後でさらに検討したい。




 

聖書の神を脱構築する:唯一神は太一、陰陽の一(いつ)の氣、ないし太極になる


テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化
 
世界樹木神話/八坂書房

¥3,990
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「あらゆる伝承において、唯一の神というものは論理的必然からいって両性具有であり、どのような創造も神の自己分裂によってしか始まりえず、性の分化や男性(あるいは女性)の陪神の出現によって、一つのものが二つになるのである。」 429〜430頁

著者ジャック・ブロスはユダヤ神秘主義のカバラのセフィロトの樹(生命の樹)について、次のように、新鮮な説明をしている。
 なお、ケテルは私の仮説の実軸=日光軸に、そして、男性原理は陽、女性原理は陰、そして、中央の軸は、天地軸=時間軸に相当するかもしれない。
 あるいは、−1が男性原理で、+1が女性原理となるかもしれない。しかし、基本的構造は同じと言えよう。


【この根源的な両性具有は男性原理が唯一支配的だった族長制社会から出た聖なる文書である『創世記』の中では、ぼかされてしまっているがーーといっても完 全に消去されてしまったわけではなく、ある程度すけて見えるーー、後代のヘブライの伝承の中で、「セフィロトSephrothの樹」とよばれるカバラの秘 教的な図像にはっきりと見てとることができる。それは、いかなる説明も不可能な名前のない「精神」、絶対の「無」から発し、一段一段徐々に段階を降り物質 にまで至る創造的な「力」の諸々の「流出」の過程を表わしたものである。光源、それゆえすでに姿が現われたもの、すなわち、あらゆる発現の源である根源的 なセフィラSephirah、つまりケテルKetherからーーこれは種子として表わされ、そこから「セフィロトの樹」の幹は伸びているーー二本の枝が生 えている。右の枝は万物の父であり男性原理を示すアッバAbbaすなわち「大いなる父」であり、左の枝はアイマAima〔iはウムラウトする〕すなわち大 いなる「母」である。これら二本の枝の間からは、すべてを統合する天の道であり、平衡軸でもある幹が伸びている。「しかも最後のセフィラは、世界創造とい うドラマツルギーの中で卓越した役割を担うよう要請されており、『母』あるいは『女王『』や『産婆』さらには『花嫁』などをも意味するシェキナー Schekinahと名づけられている。】(430〜431頁)

参考:

セフィロトの樹」の解釈(その1)

 

http://kojiki.imawamukashi.com/j01kosatu/treeoflife01.html

参照:
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11805081122.html

日光は既述のようにx軸=実軸でいいだろう。
 しかし、太陽はx軸とy軸のガウス平面を内在する原点(MP:メディア・ポイント)だと思う。ただし、実軸x軸を除いて。


                   虚軸(陰陽軸)
                     陽凸i
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−1_____MP_____+1 実軸(日光軸)
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                     陰凹i


先に書いた上図のMPが太陽の中心になる。太陽総体はこの実軸を除いたガウス平面総体と考えるのである。
 問題は日光である。これは、陰陽イデアを内在超越的に内包するのではないだろうか。
 だから、日光は単純な光、電磁波ではないのである。陰陽イデアという内在超越情報をもっていると考えるのである。
 この陰陽イデア情報が有機体形成の情報になると思われるのである。
 ここでわかりやすくするため、陰陽イデア情報による生命体形成を考える。
 日光を媒介にして、陰陽イデア情報が現象界に伝達されるのである。そして、陰の成分は、例えば、内臓的なものに、そして、陽の成分は骨格的なものになると考えられるのである。
 大雑把に言えば、陰は水的なものであり、陽は鉱物的なものになるのである。わかりやすく便宜的に言えば、陰は内界に、陽は外界になるのである。
 もっとわかりやすく言えば、陰は肚(下丹田)に、陽は頭脳(上丹田)になるのである。そして、MPは胸の心(中丹田)になるのである。
 というように、光ではなく、日光、陽光、太陽光に、生命体の根源があると考えられるのである。
 ただし、日光が包摂する陰陽イデア情報が生命有機体、自然の本質である。
 後で、この陰陽イデア情報の生命有機体化する力学を解明する必要がある。)
 
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氣⇒日光(太陽)⇒有機体物質:x軸=実軸=日光軸、y軸=虚軸=陰陽軸、z軸=天地軸=時間軸

 

この三次元直交座標で、x軸を実軸、y軸を虚軸、z軸を時間軸とする。x軸とy軸でガウス平面を形成する。
 そして、虚軸=y軸=陰陽軸となる。これが、90°回転して、x軸=実軸の±1を形成する。これが日光である。だから、
x軸=実軸=日光(太陽)軸である。 
 そして、90°回転と同時に、z軸=時間軸が生起する。
 これが、日光を物質化するのである。そう、有機体化である。
結局、z軸=時間軸=有機体軸である。
 結局、ガウス平面とは、氣平面であり、実軸において、太陽となり、視覚化されるのである。
 これで、日光の本体が氣であるということが証明されたと言えよう。
 結局、z軸=時間軸=有機体軸は、x軸=実軸=日光(太陽)軸と同時展開である。そして、xyz軸以外に、空間三次元が発現するということになると考えられる。(ここで、四元数が適用できよう。)
 とまれ、以上のように考えると、氣が根源であるものの、日光(太陽)が有機体の基因であると考えられる。
 初めに、太陽ありき、である。
 いわば、光から物質が生まれるのである。
そして、光は氣から生まれるのである。即ち、

日光(太陽)有機体物質

である。
 暫定的ではあれ、以上から氣から有機体の発生が以前より、明快になったと言えよう。ポイントは、日光が媒体であるということである。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11803090704.html


追記:回転であるが、回転の後に逆 回転を考えたが、そうではなく、回転を続けるとも考えられよう。初め、虚軸90°左回転で、実軸になる。その後、さらに90°左回転で、新たに反対の虚軸 になる。これでも、死滅になるだろう。そう、この方が死滅として的確であろう。最初の虚軸は、いわば、誕生、出生であり、第1回目の90°左回転は、生命 現象の発現であり、第2回目の90°左回転における虚軸を死、死滅と見ると、最初の虚軸と釣り合い適切であろう。そして、第3回目の90°左回転における 実軸は、いわば、復活、新生・再生と見られるのではないだろうか。
 では、第4回目の90°左回転における虚軸は何を意味するだろうか。それは、再度の死、死滅であるが、原点回帰である。原母界への回帰ではないだろうか。
| sophiology | 21:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
人間ルネサンスのための無料の指導:氣的身体理性主義を推奨


人間ルネサンスのための無料の指導:氣的身体理性主義を推奨


テーマ:氣神論:氣は万物に通ずる:氣的身体理性
 
私は気功や道教等の影響で、かなり長い間、肚を中心化して、生きてきたが、今はそれは誤りであることが判明した。
 勿論、肚は根底ではあるが、中心ではないのである。
 中心は氣である。胸の中(中丹田)の氣である。しかし、氣一神教ではない。氣を中心としつつも、身体、有機的身体を重視し、かつ、そのための知性・理性を尊び実践するのが大事である。いわば、氣=身体=理性の三位一体である。氣の三位一体である。
 これによって、健康も、心も、そして、身体も新生するのである。そう、若返るのである。
 身体重視は乳酸菌を取ることや、運動である。私は豆乳ヨーグルトを食し、森氣浴瞑想散策を行なっている。
 理性であるが、これは、検索すれば、たくさん健康のための食事方法が出ている。私は基本的に小食と穀菜食である。玄米と生野菜が中心である。
 そして、いちばん重要なので、氣的感性である。氣の快感、あるいは、氣的美感を重視するのである。これは身体・肉体の快感とは、ズレるのである。身体・肉体は欲望に左右されるが、氣の快感・美感はその欲望とはズレるのである。(氣を涵養するには、生の自然に触れることがもっとも大事である。とりわけ、原生林や森に接触することである。都会では難しい。また、よい芸術、音楽、文学に触れることが必要である。私は特に、音楽、ポップスを推奨する。AmericaとABBAがすばらしい。
 氣は身体・肉体に関わりつつ、精神・心・知性・理性に関係するのである。以前述べたように、精神と身体の媒介なのであり、ここが要なのである。氣というメディアがキーポイントなのである。
 ただし、気功とかは推奨しない。ただ、出発点にはなるだろうが。
 とまれ、氣に基づく、氣的身体理性主義によって、心身を陶冶することを目指すべきである。
 人間ルネサンスである。
 
追記:理性形成は、勿論、読書が必要である。読言である。言葉は、心や頭脳の栄養である。理性の栄養である。
 古典を奨めるものの、その際、氣重視の姿勢、身体鍛練の実践は忘れてはならない。理性、氣、身体の三位一体主義である。

追記2:現実、経済的なことを言うと、実は、引き寄せがあると思うのである。心身が氣三位一体的に充実するならば、自然に経済的活路を見い出すと思われるのである。
 そう、端的に言えば、本人の氣が引き寄せるのである。氣は人を生かすものであり、人を惹きつけるのであり、人を呼ぶのであり、結局、よき生業を呼ぶのである。

追記3:氣ー身体ー理性の氣三位一体論の強みは、宗教にならないことである。勿論、宗教も包摂できるのである。氣を神にする人もあるだろうが、それはオプションである。(追 記:さらに、オカルト主義やスピリチュアル主義にもならないのである。確かに、私は霊学のシュタイナーの影響を強く受けているが、氣を超える霊を私は説い ていない。氣の様態としては霊を考えるのであり、あくまで、氣が本体である。スピリチュアル主義であるが、それは、一種の一神教である。それは、確かに、 鋭い面をもつが、身体や理性の多元性を看過する欠陥があると考えられる。
 思うに、氣的身体理性主義とは、身体は経験論であり、理性は合理論であり、そして、氣的快感・美感とは、経験論的でもあるが、同時に観念論でもあるのである。何故なら、氣は内在超越性に通じるからである。形而上学に通じるからである。
 故に、氣的身体理性論は、経験論、合理論、観念論の統合であると言える。
 思えば、カントは構想力(想像力)によって、理性と感性の統一を考えたが、構想力では不十分である。それは観念論的であり、経験論、身体論に到達しないのである。
 そう、氣は構想力(想像力)をも包摂するのである。
 氣的身体理性論は、カント哲学を乗り越えたものである。また、プラトン哲学との関係であるが、確かに、陰陽イデアを説く点では、プラトン哲学の影響を受 けているのであり、プラトン哲学は有効である。しかしながら、氣を重視する点で、プラトン哲学をも超えていると考えられる。

 

 
| sophiology | 00:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
太陽の内在超越的背景には、陰陽イデア情報(原宇宙創造情報)が存すると仮説する


太陽の内在超越的背景には、陰陽イデア情報(原宇宙創造情報)が存すると仮説する


テーマ:氣神論:氣は万物に通ずる:氣的身体理性
 
私は先に、太陽ないし日光には、陰陽イデア情報(つまり、全宇宙情報)が内包されること(正確に言えば、内在超越的「存在」として包摂されること)を提起した。
 以下の参照の私の記事と以下のIn Deepの記事を比較されたい。

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私自身は、社会の行方は、太陽の活動の影響を大きく受けるものだと思っています。そして、太陽活動最大期の今年は大きな影響を受けるものだと考えています。

それは天候や戦争やパンデミックなど全体のことだけではなく、たとえば、人間ひとりひとりの精神・メンタルに影響すれば、犯罪を含む「人間行動の異常」が世界的に広がってしまうかもしれないというような感覚も含まれます。

その「主」である太陽が異常なままなら、その「従」である私たち人間とその社会生活が正常を保てるとも思えないのです・・・。

過去記事で何度か取り上げたことがあります、 18世紀の『薔薇十字の秘密のシンボル』には下のようなイラストがあります。


bara-777.jpg

このイラストの正確な解釈はわかりませんが、「太陽の中に神様がいるっぽい」雰囲気のようにも見えます。

あるいは逆に、「神様っぽい存在から太陽のコロナが出ている」(つまり、太陽は神様そのもの)というようにも見てとれます。
http://oka-jp.seesaa.net/article/392509199.html

In Deep


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参照:

日光と太陽の区別:実軸と実軸を除いたガウス平面を包摂するMP(原点)

テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化
先に、以下(***の下部)のように書いたが、補足したい。
 太陽と日光は別物であるから、区別しないといけない。
日光は既述のようにx軸=実軸でいいだろう。
 しかし、太陽はx軸とy軸のガウス平面を内在する原点(MP:メディア・ポイント)だと思う。ただし、実軸x軸を除いて。


                   虚軸(陰陽軸)
                     陰凹i
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−1_____MP_____+1 実軸(天地軸)
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                     陽凸i


先に書いた上図のMPが太陽の中心になる。太陽総体はこの実軸を除いたガウス平面総体と考えるのである。
 問題は日光である。これは、陰陽イデアを内在超越的に内包するのではないだろうか。
 だから、日光は単純な光、電磁波ではないのである。陰陽イデアという内在超越情報をもっていると考えるのである。
 この陰陽イデア情報が有機体形成の情報になると思われるのである。
 ここでわかりやすくするため、陰陽イデア情報による生命体形成を考える。
 日光を媒介にして、陰陽イデア情報が現象界に伝達されるのである。そして、陰の成分は、例えば、内臓的なものに、そして、陽の成分は骨格的なものになると考えられるのである。
 大雑把に言えば、陰は水的なものであり、陽は鉱物的なものになるのである。わかりやすく便宜的に言えば、陰は内界に、陽は外界になるのである。
 もっとわかりやすく言えば、陰は肚(下丹田)に、陽は頭脳(上丹田)になるのである。そして、MPは胸の心(中丹田)になるのである。
 というように、光ではなく、日光、陽光、太陽光に、生命体の根源があると考えられるのである。
 ただし、日光が包摂する陰陽イデア情報が生命有機体、自然の本質である。
 後で、この陰陽イデア情報の生命有機体化する力学を解明する必要がある。
 
 
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氣⇒日光(太陽)⇒有機体物質:x軸=実軸=日光軸、y軸=虚軸=陰陽軸、z軸=天地軸=時間軸

 

この三次元直交座標で、x軸を実軸、y軸を虚軸、z軸を時間軸とする。x軸とy軸でガウス平面を形成する。
 そして、虚軸=y軸=陰陽軸となる。これが、90°回転して、x軸=実軸の±1を形成する。これが日光である。だから、
x軸=実軸=日光(太陽)軸である。 
 そして、90°回転と同時に、z軸=時間軸が生起する。
 これが、日光を物質化するのである。そう、有機体化である。
結局、z軸=時間軸=有機体軸である。
 結局、ガウス平面とは、氣平面であり、実軸において、太陽となり、視覚化されるのである。
 これで、日光の本体が氣であるということが証明されたと言えよう。
 結局、z軸=時間軸=有機体軸は、x軸=実軸=日光(太陽)軸と同時展開である。そして、xyz軸以外に、空間三次元が発現するということになると考えられる。(ここで、四元数が適用できよう。)
 とまれ、以上のように考えると、氣が根源であるものの、日光(太陽)が有機体の基因であると考えられる。
 初めに、太陽ありき、である。
 いわば、光から物質が生まれるのである。
そして、光は氣から生まれるのである。即ち、

日光(太陽)有機体物質

である。
 暫定的ではあれ、以上から氣から有機体の発生が以前より、明快になったと言えよう。ポイントは、日光が媒体であるということである。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11803090704.html
| sophiology | 19:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
日光と太陽の区別:実軸と実軸を除いたガウス平面を包摂するMP(原点)

JUGEMテーマ:学問・学校


日光と太陽の区別:実軸と実軸を除いたガウス平面を包摂するMP(原点)


テーマ:無双(太極)PS陰陽論:無双は陰陽未分化
 
先に、以下(***の下部)のように書いたが、補足したい。
 太陽と日光は別物であるから、区別しないといけない。
日光はx軸=実軸でいいだろう
 しかし、太陽はx軸とy軸のガウス平面を内在する原点(MP:メディア・ポイント)だと思う。ただし、実軸x軸を除いて。


                   虚軸(陰陽軸)
                     陰凹i
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先に書いた上図のMPが太陽の中心になる。太陽総体はこの実軸を除いたガウス平面総体と考えるのである。
 問題は日光である。これは、陰陽イデアを内在超越的に内包するのではないだろうか。
 だから、日光は単純な光、電磁波ではないのである。陰陽イデアという内在超越情報をもっていると考えるのである。
 この陰陽イデア情報が有機体形成の情報になると思われるのである。
 ここでわかりやすくするため、陰陽イデア情報による生命体形成を考える。
 日光を媒介にして、陰陽イデア情報が現象界に伝達されるのである。そして、陰の成分は、例えば、内臓的なものに、そして、陽の成分は骨格的なものになると考えられるのである。
 大雑把に言えば、陰は水的なものであり、陽は鉱物的なものになるのである。わかりやすく便宜的に言えば、陰は内界に、陽は外界になるのである。
 もっとわかりやすく言えば、陰は肚(下丹田)に、陽は頭脳(上丹田)になるのである。そして、MPは胸の心(中丹田)になるのである。
 というように、光ではなく、日光、陽光、太陽光に、生命体の根源があると考えられるのである。
 ただし、日光が包摂する陰陽イデア情報が生命有機体、自然の本質である。
 後で、この陰陽イデア情報の生命有機体化する力学を解明する必要がある。
 
 
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氣⇒日光(太陽)⇒有機体物質:x軸=実軸=日光軸、y軸=虚軸=陰陽軸、z軸=天地軸=時間軸

 

この三次元直交座標で、x軸を実軸、y軸を虚軸、z軸を時間軸とする。x軸とy軸でガウス平面を形成する。
 そして、虚軸=y軸=陰陽軸となる。これが、90°回転して、x軸=実軸の±1を形成する。これが日光である。だから、
x軸=実軸=日光(太陽)軸である。 
 そして、90°回転と同時に、z軸=時間軸が生起する。
 これが、日光を物質化するのである。そう、有機体化である。
結局、z軸=時間軸=有機体軸である。
 結局、ガウス平面とは、氣平面であり、実軸において、太陽となり、視覚化されるのである。
 これで、日光の本体が氣であるということが証明されたと言えよう。
 結局、z軸=時間軸=有機体軸は、x軸=実軸=日光(太陽)軸と同時展開である。そして、xyz軸以外に、空間三次元が発現するということになると考えられる。(ここで、四元数が適用できよう。)
 とまれ、以上のように考えると、氣が根源であるものの、日光(太陽)が有機体の基因であると考えられる。
 初めに、太陽ありき、である。
 いわば、光から物質が生まれるのである。
そして、光は氣から生まれるのである。即ち、

日光(太陽)有機体物質

である。
 暫定的ではあれ、以上から氣から有機体の発生が以前より、明快になったと言えよう。ポイントは、日光が媒体であるということである。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11803090704.html
| sophiology | 08:36 | comments(0) | trackbacks(0) |

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